山鹿語類 / 士道・勵忠孝
師嘗曰。大丈夫世に在り、出ては君に仕へ朝廷に交り、入ては父兄につかへ家を齊ふ。故に天下の政事を助け、万民の憂を救ふ。不順の逆臣あるときは、自將として閫外の任をうけ、籌を帷幄の裏に廻して、功を万代の上に立、或は使を奉じて大事を決し、君命をはづかしめず、或は死を致し命を輕くして、百年の壽を一刄の下に棄。是君につかへて忠を勵む也。而して父母にをいて力を竭し、色養永慕て、死を致して不顧は、是內にをいて盡す處の孝にあらずや。大丈夫の責め、甚以て重し。此にをいて論ずる時は、常に養氣て安靜ならしめ、心を存して義理を味へ、是を君父に移して忠孝の實を詳ならしむる、是士の勤也。
新字:師嘗曰。大丈夫世に在り、出ては君に仕へ朝廷に交り、入ては父兄につかへ家を斉ふ。故に天下の政事を助け、万民の憂を救ふ。不順の逆臣あるときは、自将として閫外の任をうけ、籌を帷幄の裏に廻して、功を万代の上に立、或は使を奉じて大事を決し、君命をはづかしめず、或は死を致し命を軽くして、百年の寿を一刄の下に棄。是君につかへて忠を励む也。而して父母にをいて力を竭し、色養永慕て、死を致して不顧は、是内にをいて尽す処の孝にあらずや。大丈夫の責め、甚以て重し。此にをいて論ずる時は、常に養気て安静ならしめ、心を存して義理を味へ、是を君父に移して忠孝の実を詳ならしむる、是士の勤也。
書き下し
師嘗曰。大丈夫世に在り、出ては君に仕へ朝廷に交り、入ては父兄につかへ家を斉ふ。故に天下の政事を助け、万民の憂を救ふ。不順の逆臣あるときは、自将として閫外の任をうけ、籌を帷幄の裏に廻して、功を万代の上に立、或は使を奉じて大事を決し、君命をはづかしめず、或は死を致し命を軽くして、百年の寿を一刄の下に棄。是君につかへて忠を励む也。而して父母にをいて力を竭し、色養永慕て、死を致して不顧は、是内にをいて尽す処の孝にあらずや。大丈夫の責め、甚以て重し。此にをいて論ずる時は、常に養気て安静ならしめ、心を存して義理を味へ、是を君父に移して忠孝の実を詳ならしむる、是士の勤也。
現代語訳
先生はかつてこう言われた。一人前の男子がこの世にあるとき、外に出ては主君に仕えて朝廷(政の場)に交わり、家に入っては父や兄に仕えて家をととのえる。だから天下の政治を助け、万民の憂いを救うのである。従わない逆臣があるときは、自ら将として国外での軍事の任を受け、本陣の幕の内で策をめぐらして、功を万代にわたって立てる。あるいは使者の役を奉じて大事を決し、主君の命をはずかしめない。あるいは死をも辞さず命を軽んじて、百年の寿命を一太刀のもとに捨てる。これが主君に仕えて忠を励むということである。そして父母に対しては力を尽くし、和やかな顔色で養い、いつまでも慕い、死をも顧みずに尽くすこと、これこそ家の内で尽くす孝ではないか。男子の負う責めは、まことに重い。この点から論じるならば、常に気を養って心を落ち着かせ、心をしっかり保って義理を味わい、それを主君と父に移して忠孝の実質をつまびらかにすること、これが士の勤めである。
解説
この章句が説くこと
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『山鹿語類』士道・勵忠孝出て君に仕ふるに徳を不以、入て父兄に仕へて其孝弟に誠あらざらんには、養気存心の用更にあらはれず。抑徳と云は、内に養ひ存する処を、外に用ひて其誠を尽して無不究理、是をなづけて徳とす。養気存心すと云とも、君父にをいて其誠たらずんば、何ぞ其下に及ばん。然れば所養所存、唯空談にして実なし。凡そ聖人の道は普く天下に施し、大小精粗ともに其用足りて、四海其化に及ぶにをいて、初めて道々たり。わづかに一己にてらし一身を清くせんことは、碌々たる小人、言必信じ行必果すの輩也。されば君父につかへ、其可致のつとめ聊不怠して、しかも其理にかなひ、四海安寧に、家内無事にして、常に変に更に滞る処なきときは、天地の覆て無外、のせて無棄にことならず。是大徳に非ずや。故に徳を練る事は、先づ忠孝を励まして其誠を尽し、君父に事る間、天性にしたがひ守て、更に不違を以て本とすべきなり。
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『山鹿語類』士道・知己職分人の教にしたがひ、当坐の心にまかせんことは、譬ば暫く其事をなすといへども、実と難成。今云らん処に深く立志て自我職分を糾明し得んには、士たる職こゝに明なるべきなり。凡そ士の職と云は、其身を顧み、主人を得て奉公の忠を尽し、朋輩に交て信を厚くし、身の独りを慎て義を専とするにあり。而して己れが身に父子兄弟夫婦の不得已交接あり。是又天下の万民各なくんば不可有の人倫也といへども、農工商は其職業に暇あらざるを以て、常住相従て其道を不得尽。士は農工商の業をさし置き、此道を専として、三民の間苟くも人倫をみだらん輩をば速に罰して、以て天下に天倫の正しきを待つ。是士に文武之徳知不備ばあるべからず。されば形には劒戟弓馬の用をたらしめ、内には君臣朋友父子兄弟夫婦の道をつとめて、文道心にたり武備外に調て、三民自ら是を師とし是を貴んで、其教にしたがひ其本末をしるにたれり。こゝにをいて士の道たつて、衣食居をつくのい、以て心易かるべく、主君の恩、父母の恵、しばらく報ずるにたりぬべし。此つとめあらざらんには、父母のめぐみを盗、主君の禄を貪て、一生の間唯盗賊の命を全くするに同じ。甚以て嘆息するにたへたり。
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『山鹿語類』士道・勵忠孝而して大舜曽子の孝、董永王祥が力を尽し、老萊子黄香が色のまゝに養、仲由王裒が永く慕、郭巨孟宗が誠感、羊伯奇申生が死を致は、是各父母につかへて其誠を尽す。練徳にあらずしては、如何してか如此に及ばんや。されば君父は人倫の大綱にして、我つかふる処誠を不尽ば、君臣父子の道不明。誠を尽さんとならば、徳を練ずしては、其実必薄して、或は害にあたつて変じ、死に臨んで変ず。凡の事大節にのぞみ大変に逢ひ大事を決するに至らずしては、其徳発見する事あらず。世間平生底といへども、徳を本にして其事に処する輩は、其根ざしかはれり。然れども事々たらざれば、その効しあらはれず。非常の変こゝに来て、臣とし子として、明白に其誠をつくさんことは、徳以て正しからずしては不可叶事也。
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『山鹿語類』士道・正一日之用ここに一日の用を案ずるに、先づ夙に起きて盥漱し櫛り、衣服を正し、用具を佩び、其の容貌威儀を正して、静坐拱手し、能く平旦の気を養ひ、天地生々して已むこと無きの理を看るべし。而して君父の恩義を体認し、今日の家業を思量す。謹んで観に在り。身体髪膚、之を父母に受く、敢て毀傷せざるは孝の始なり。身を立て道を行ひ、名を後世に揚げ、以て父母を顕すは孝の終なり。君に事へては其の身を委ね、人の為に謀りては忠なり。此の間意味深長にして、尤も幾微の動きを察すべし。既に明に向かへば則ち門戸を開き、道を清め洒掃して、天気于に入り、地脈于に長ず。家事有れば則ち示諭して其の教を詳にす。其の間賓客の来る、使价の待つ、速やかに謁し速やかに答へて、之をして遅滞せしむること無し。君に事ふれば則ち夙に出でて之に仕へ、父母に事ふれば則ち其の安否を察す。出でて事ふれば則ち其の居る所其の言ふ所全く慎みて、謀其の位を出でず。長者に侍れば則ち礼敬を正し、奉ずること父兄の如くし、能く謙退して争はず。凡そ仕官の途、朝に出づれば則ち人に先んじ、夕に退けば則ち人に後る。宅に帰れば則ち父母に謁し、気を下し声を怡ばしめ席を安んじて、留守の事を問ひ、其の急緩を計りて其の事を為す。閑なれば則ち朝服を改め、静坐審思して今日の行跡を省み、暇あれば則ち書伝を披きて古人の言行を考へ、聖賢の趣向を知る。日既に没すれば則ち夜の戒を示し約束を堅くして寝所に入り、体を寛くし気を休め、侍者の労佚を時にす。是れ夙に興き夜に寐ねて、仕官省晨の用なり。
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『山鹿語類』士道・據仁義而して大丈夫日用の間、外君父につかへ内自ら修るにすぎず。君父につかふるの道こゝに立ときは、臣子の行明にして、朋友の交り、兄弟のついで、夫婦の別、自然にとゝのふべし。君父は人倫の大綱也とは、こゝを以ていへり。内自をさむること仁義を以て本とするときは、日用万差の用こゝに明にして、本体にうらむ処有るべからざる也。古来の学者自修身の要法書々に品多く出たりといへども、唯末学の異見を不可用。聖人明に其教を論ず。其説仁義の間のみ也。仁義の用にをいて能自体認して、天地不得已のゆゑんを味得ば、聖学の淵源此に於て明なるべし。更に言説に不可渡して、言説又仁義のみ也。しかれども古今の儒者蛇の足をえがき、身に贅疣を出して、心にとめざることを口に説くがゆゑに、仁義の註解万巻に満て、而して仁にあらず義にあらず。殆可嘆息也。大丈夫卓爾としてこゝに心を不措乎。
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『山鹿語類』士道・志於道師曰。人既に我職分を究明するに及んでは、其職分をつとむるに道なくんばあるべからざれば、こゝに於て道といふものに志出来るべき事也。たとへば京へ行べきと思ふに及んでは、其道をしらざれば不可能行。不知してしいて行ば皆邪路に可入也。士の身を修め、君につかへ、父に孝行し、兄弟夫婦朋友に相交て、其快く相和するごとくに致さんことを知は、其道を尋て其用をしるに在べき也。而して道あらんやと志出来は、我より先だつて志あつて能く行ひ得たらん人を求め、是に案内を頼んで、その引導に任せつべし。其師たる人の行跡所違あるか、言は似て其事物に応ずる処不明には、速に去て勿従。邪師の教に久しくそまるときは、不覚其人に荷担あつて、誠の道に弥とをざかるべし。
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