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山鹿語類 / 士道・剛操

師嘗曰。大丈夫の世に在る、剛操の志あらざれば、心を存すること不能也。剛はよく剛毅にして物に不屈を謂也。操は我義とする志を守て聊不變の心なり。大丈夫此心を存せざれば、我好惡する處にをいて必屈しやすく、義を守る處たしかならざるなり。故に剛操を以て信を立、義を堅くするの行とする也。清廉正直も、剛操を以てせざれば不立。况や士たるの道、常に剛毅を以て質とし、其守る所を不變を以て行とす。人誰か生死利害好惡あらざらんや。內に剛操を以て究理するがゆへに、死の至て可惡、猶安じて就死、害の至て可避、猶安んじて害をうく。財寶酒色の必可好、猶安んじて是をさくるに至るは、剛毅節操の高く守るに不有ば、誰か此行をなさんや。孟子曰。志士不忘在溝壑。勇士不忘喪其元。又曰。士窮不失義。達不離道と。是皆剛操を立て、心こゝに存するがゆへ也。しばらくも此志あらざるときは、利に屈し、酒におぼれ、色に惑て、ついに義を忘れ、生死の大事をたがへ、大節に臨んで約を變ずべし。豈之を大丈夫の立志所と云べけんや。

新字:師嘗曰。大丈夫の世に在る、剛操の志あらざれば、心を存すること不能也。剛はよく剛毅にして物に不屈を謂也。操は我義とする志を守て聊不変の心なり。大丈夫此心を存せざれば、我好悪する処にをいて必屈しやすく、義を守る処たしかならざるなり。故に剛操を以て信を立、義を堅くするの行とする也。清廉正直も、剛操を以てせざれば不立。況や士たるの道、常に剛毅を以て質とし、其守る所を不変を以て行とす。人誰か生死利害好悪あらざらんや。内に剛操を以て究理するがゆへに、死の至て可悪、猶安じて就死、害の至て可避、猶安んじて害をうく。財宝酒色の必可好、猶安んじて是をさくるに至るは、剛毅節操の高く守るに不有ば、誰か此行をなさんや。孟子曰。志士不忘在溝壑。勇士不忘喪其元。又曰。士窮不失義。達不離道と。是皆剛操を立て、心こゝに存するがゆへ也。しばらくも此志あらざるときは、利に屈し、酒におぼれ、色に惑て、ついに義を忘れ、生死の大事をたがへ、大節に臨んで約を変ずべし。豈之を大丈夫の立志所と云べけんや。

書き下し

師嘗曰。大丈夫の世に在る、剛操の志あらざれば、心を存すること不能也。剛はよく剛毅にして物に不屈を謂也。操は我義とする志を守て聊不変の心なり。大丈夫此心を存せざれば、我好悪する処にをいて必屈しやすく、義を守る処たしかならざるなり。故に剛操を以て信を立、義を堅くするの行とする也。清廉正直も、剛操を以てせざれば不立。況や士たるの道、常に剛毅を以て質とし、其守る所を不変を以て行とす。人誰か生死利害好悪あらざらんや。内に剛操を以て究理するがゆへに、死の至て可悪、猶安じて就死、害の至て可避、猶安んじて害をうく。財宝酒色の必可好、猶安んじて是をさくるに至るは、剛毅節操の高く守るに不有ば、誰か此行をなさんや。孟子曰。志士不忘在溝壑。勇士不忘喪其元。又曰。士窮不失義。達不離道と。是皆剛操を立て、心こゝに存するがゆへ也。しばらくも此志あらざるときは、利に屈し、酒におぼれ、色に惑て、ついに義を忘れ、生死の大事をたがへ、大節に臨んで約を変ずべし。豈之を大丈夫の立志所と云べけんや。

現代語訳

先生はかつてこう言われた。大丈夫が世にあって、剛操の志がなければ、心を保つことはできない。剛とは、よく剛毅で物に屈しないことを言う。操とは、自分が義とする志を守って少しも変えない心である。大丈夫がこの心を保たなければ、自分の好き嫌いのところで必ず屈しやすく、義を守るところが確かでない。だから剛操によって信を立て、義を堅くする行いとするのである。清廉も正直も、剛操によらなければ立たない。まして士たる者の道は、常に剛毅を質とし、その守るところを変えないことを行いとする。人は誰が生死・利害・好悪を持たないだろうか。内に剛操によって理を究めるからこそ、死はこの上なく憎むべきものなのに、なお安んじて死に就き、害はこの上なく避けるべきものなのに、なお安んじて害を受ける。財宝や酒色は必ず好むものなのに、なお安んじてこれを避けるに至るのは、剛毅と節操を高く守るのでなければ、誰がこの行いをできようか。孟子は「志士は溝や谷に屍をさらすことを忘れず、勇士は首を失うことを忘れない」(滕文公下)と言い、また「士は困窮しても義を失わず、栄達しても道を離れない」(尽心上)と言った。これはみな剛操を立てて、心がそこに保たれているからである。しばらくでもこの志がないときは、利に屈し、酒に溺れ、色に惑って、ついに義を忘れ、生死の大事を誤り、大節に臨んで約束を変えるだろう。どうしてこれを大丈夫の志を立てたところと言えようか。

解説

剛は物に屈しないこと、操は義とする志を守って変えないこと。素行は、清廉も正直も剛操がなければ立たないとして、心を保つ徳目の背骨にこれを置く。人は誰でも死を憎み害を避け財や酒色を好むが、剛操があればなお安んじて死に就き、害を受け、誘惑を避けられる。孟子の「志士は溝壑に在るを忘れず」は、いつ野垂れ死にしても義を曲げない覚悟の言葉である。一時の決意ではなく、利や酒色に押されても約束を変えない持続の強さが問われている。

この章句が説くこと

士道剛操節操義存心孟子

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