十善法語 / 巻第二・不偸盜戒
此盜戒ヲ古ヨリ義ニ配スル。是モ的當テハナイ。義ト云ハ。支那國上代ノ教テ。其字ノココロスラムツカシキシヤ。釋名ニハ。義者宜也。裁制事物使合宜也トアル。禮記ニ。父慈子孝。兄良弟弟。夫義婦聽。長惠幼順。君仁臣忠。謂之人義也トアル。戰國ノ時。告子ハ仁內也義外也ト云。孟子ハ義モ內ナリト云。今ノ代ニ至テ。儒者カ講譯スルニモ。家家ニ違フ。又義ノ取用ヒ樣ハ。古ノ君子ニテモ人人違フ。古今一定セヌコトシヤ。勿論學匠儒生ニ付シテ。其義趣ヲ說セテ聞ハ。面白キコトモ有ヘク。古今ノ事實行跡ヲ鑑ミハ。治道ノ一助ト成ルヘキナレトモ。王公大人テモ學才ナケレハ。其字義スラ解シ難キシヤ。萬國古今ニ推通シ。智愚ニ推通シテ。教ヘ導ク道テハナイ。史記ニ。由余曰。中國所以亂也。夫自上世黃帝作爲禮樂。身以先之。僅以小治。及其後世。日以驕婬。阻法度之威。以責督於下。下罷極則以仁義怨望於上。上下交爭。怨而相篡弑。至絕滅宗。皆以此類也ト。看ヨ。仁義ハヨク取用レハ聖人ノ道ナレトモ。取ソコナヘハ亂ノ端トナル。
新字:此盗戒ヲ古ヨリ義ニ配スル。是モ的当テハナイ。義ト云ハ。支那国上代ノ教テ。其字ノココロスラムツカシキシヤ。釈名ニハ。義者宜也。裁制事物使合宜也トアル。礼記ニ。父慈子孝。兄良弟弟。夫義婦聴。長恵幼順。君仁臣忠。謂之人義也トアル。戦国ノ時。告子ハ仁内也義外也ト云。孟子ハ義モ内ナリト云。今ノ代ニ至テ。儒者カ講訳スルニモ。家家ニ違フ。又義ノ取用ヒ様ハ。古ノ君子ニテモ人人違フ。古今一定セヌコトシヤ。勿論学匠儒生ニ付シテ。其義趣ヲ説セテ聞ハ。面白キコトモ有ヘク。古今ノ事実行跡ヲ鑑ミハ。治道ノ一助ト成ルヘキナレトモ。王公大人テモ学才ナケレハ。其字義スラ解シ難キシヤ。万国古今ニ推通シ。智愚ニ推通シテ。教ヘ導ク道テハナイ。史記ニ。由余曰。中国所以乱也。夫自上世黄帝作為礼楽。身以先之。僅以小治。及其後世。日以驕婬。阻法度之威。以責督於下。下罷極則以仁義怨望於上。上下交争。怨而相篡弑。至絶滅宗。皆以此類也ト。看ヨ。仁義ハヨク取用レハ聖人ノ道ナレトモ。取ソコナヘハ乱ノ端トナル。
書き下し
此盗戒ヲ古ヨリ義ニ配スル。是モ的当テハナイ。義ト云ハ。支那国上代ノ教テ。其字ノココロスラムツカシキシヤ。釈名ニハ。義者宜也。裁制事物使合宜也トアル。礼記ニ。父慈子孝。兄良弟弟。夫義婦聴。長恵幼順。君仁臣忠。謂之人義也トアル。戦国ノ時。告子ハ仁内也義外也ト云。孟子ハ義モ内ナリト云。今ノ代ニ至テ。儒者カ講訳スルニモ。家家ニ違フ。又義ノ取用ヒ様ハ。古ノ君子ニテモ人人違フ。古今一定セヌコトシヤ。勿論学匠儒生ニ付シテ。其義趣ヲ説セテ聞ハ。面白キコトモ有ヘク。古今ノ事実行跡ヲ鑑ミハ。治道ノ一助ト成ルヘキナレトモ。王公大人テモ学才ナケレハ。其字義スラ解シ難キシヤ。万国古今ニ推通シ。智愚ニ推通シテ。教ヘ導ク道テハナイ。史記ニ。由余曰。中国所以乱也。夫自上世黄帝作為礼楽。身以先之。僅以小治。及其後世。日以驕婬。阻法度之威。以責督於下。下罷極則以仁義怨望於上。上下交争。怨而相篡弑。至絶滅宗。皆以此類也ト。看ヨ。仁義ハヨク取用レハ聖人ノ道ナレトモ。取ソコナヘハ乱ノ端トナル。
現代語訳
この盗戒を昔から義に配する。これも的を射てはいない。義というのは中国上代の教えで、その字の意味さえ難しいのである。釈名には、「義とは宜である。事物を裁き制して宜しきに合わせることである」とある。礼記に、「父は慈しみ子は孝行、兄は良く弟は従順、夫は義しく妻は聴き従い、年長は恵み年少は従い、君は仁、臣は忠。これを人の義と言う」とある。戦国時代、告子は「仁は内、義は外」と言った。孟子は「義も内である」と言った。今の代に至って、儒者が講釈するにも家ごとに違う。また義の用い方は、古の君子でも人ごとに違う。古今一定しないことである。もちろん学匠や儒生に付けてその意味を説かせて聞けば、面白いこともあるだろうし、古今の事実や行跡を鑑みれば治道の一助となるだろうけれども、王公大人でも学才がなければ、その字の意味さえ解しがたいのである。万国古今に通じ、智愚に通じて教え導く道ではない。史記に、由余が言った。「中国が乱れる所以である。そもそも上古に黄帝が礼楽を作り、自ら先に行ってわずかに小さく治まった。その後世に及んで、日に驕り淫らになり、法度の威を頼んで下を責め督した。下は疲れ極まると仁義を持ち出して上を怨み望んだ。上下が互いに争い、怨んで互いに簒奪し弑し、宗族を絶滅させるに至ったのは、みなこの類である」と。見なさい。仁義はよく用いれば聖人の道であるけれども、取り損なえば乱の端となる。
解説
この章句が説くこと
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