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弁名 / 義

人多知禮爲先王之禮。而不知義亦爲先王之義。故其解皆不通矣。葢義者道之分也。千差萬別。各有所宜。故曰義者宜也。先王既以其千差萬別者。制以爲禮。學者猶傳其所以制之意。是所謂禮之義也。而其以空言傳者。是所謂義也。故禮義皆自古傳之。豈非先王之義乎。

新字:人多知礼為先王之礼。而不知義亦為先王之義。故其解皆不通矣。葢義者道之分也。千差万別。各有所宜。故曰義者宜也。先王既以其千差万別者。制以為礼。学者猶伝其所以制之意。是所謂礼之義也。而其以空言伝者。是所謂義也。故礼義皆自古伝之。豈非先王之義乎。

書き下し

人多く礼の先王の礼為るを知りて、義も亦た先王の義為るを知らず。故に其の解皆通ぜず。蓋し義は道の分なり。千差万別、各〻宜しき所有り。故に曰く、「義は宜なり」と。先王既に其の千差万別なる者を以て、制して以て礼と為す。学者猶ほ其の之を制する所以の意を伝ふ。是れ所謂礼の義なり。而して其の空言を以て伝ふる者、是れ所謂義なり。故に礼義は皆古より之を伝ふ。豈に先王の義に非ずや。

現代語訳

人の多くは、礼が先王の礼であることは知っているが、義もまた先王の義であることを知らない。だからその解釈はみな通じないのである。思うに義とは道を分けたものである。千差万別で、それぞれにふさわしいところがある。だから「義とは宜(よろしき)である」と言う。先王はその千差万別のものを制度化して礼とした。学ぶ者はなお、それを制定した意図を伝えた。これがいわゆる「礼の義」である。そして形を持たず言葉だけで伝えられたもの、それがいわゆる「義」である。だから礼も義もみな古から伝えられてきたのであって、どうして先王の義でないことがあろうか。

解説

義は「宜(よろしき)」、つまり千差万別の事柄それぞれにふさわしいあり方である。先王はそれを制度にして礼とし、制度にしきれない部分を言葉で伝えたのが義だと徂徠は言う。ここで大事なのは、義もまた古から伝えられた先王の義であって、各人が心で見出すものではないという点である。組織の判断基準も、ベテランの口伝えや過去の判断事例として受け継がれる部分が大きい。それを学ばずに「自分の正義」で裁けば、判断はばらばらになる。

この章句が説くこと

義礼先王伝承宜道

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