山鹿語類 / 士道・安命
されば養生を盡して、命こゝに縮まり、義まさに死に當るの塲至る。是則命也。時至り地こゝにはさまり、勢ついに衰へて、知者賢者ありと云へども、之を支ふるに益なくして滅亡に及ぶ。是命也。其身に失あらず、義をたがへざれども、時の災難にかゝるは、是則ち命にして、文王も姜里にとらはれ、孔子も陳蔡の間に厄せらる。是則ち命也。時に不遇、地又邊鄙にして、人又是を助けざれば、ついに時に不遇して、一箪の食一瓢の飮もすなをならず、時にあひ世に用られては、盜跖も九千の人をしたがへて、天下に橫行し、諸侯を侵しかすめり。子孫螽斯の化行なはるゝもあり。孤獨にして子少なく、孫廣からざるあり。各いづれか求めて調へることあるや。中にも富貴貧賤にをいては、人各相惑て、或は好言令色して其媚を入れ、或は追從便佞してしきりにへつらひを事とす。爰にをいて大丈夫の卓爾たる志こと〴〵く去て、彼の賤丈夫が壟斷の利を事とするに不異。甚放心の至り、尤可笑也。
新字:されば養生を尽して、命こゝに縮まり、義まさに死に当るの塲至る。是則命也。時至り地こゝにはさまり、勢ついに衰へて、知者賢者ありと云へども、之を支ふるに益なくして滅亡に及ぶ。是命也。其身に失あらず、義をたがへざれども、時の災難にかゝるは、是則ち命にして、文王も姜里にとらはれ、孔子も陳蔡の間に厄せらる。是則ち命也。時に不遇、地又辺鄙にして、人又是を助けざれば、ついに時に不遇して、一箪の食一瓢の飲もすなをならず、時にあひ世に用られては、盗跖も九千の人をしたがへて、天下に横行し、諸侯を侵しかすめり。子孫螽斯の化行なはるゝもあり。孤独にして子少なく、孫広からざるあり。各いづれか求めて調へることあるや。中にも富貴貧賤にをいては、人各相惑て、或は好言令色して其媚を入れ、或は追従便佞してしきりにへつらひを事とす。爰にをいて大丈夫の卓爾たる志こと〴〵く去て、彼の賤丈夫が壟断の利を事とするに不異。甚放心の至り、尤可笑也。
書き下し
されば養生を尽して、命こゝに縮まり、義まさに死に当るの塲至る。是則命也。時至り地こゝにはさまり、勢ついに衰へて、知者賢者ありと云へども、之を支ふるに益なくして滅亡に及ぶ。是命也。其身に失あらず、義をたがへざれども、時の災難にかゝるは、是則ち命にして、文王も姜里にとらはれ、孔子も陳蔡の間に厄せらる。是則ち命也。時に不遇、地又辺鄙にして、人又是を助けざれば、ついに時に不遇して、一箪の食一瓢の飲もすなをならず、時にあひ世に用られては、盗跖も九千の人をしたがへて、天下に横行し、諸侯を侵しかすめり。子孫螽斯の化行なはるゝもあり。孤独にして子少なく、孫広からざるあり。各いづれか求めて調へることあるや。中にも富貴貧賤にをいては、人各相惑て、或は好言令色して其媚を入れ、或は追従便佞してしきりにへつらひを事とす。爰にをいて大丈夫の卓爾たる志こと〴〵く去て、彼の賤丈夫が壟断の利を事とするに不異。甚放心の至り、尤可笑也。
現代語訳
そうであるから、養生を尽くしても命がそこで縮まり、義としてまさに死ぬべき場に至る。これが命である。時が至り、地の利がそこで挟まれ、勢いがついに衰えて、知者や賢者がいてもこれを支えるのに役立たず、滅亡に及ぶ。これが命である。その身に過ちがなく、義に違わなくても、時の災難にかかるのは、すなわち命であって、文王も羑里に囚われ、孔子も陳と蔡の間で災厄に遭われた。これがすなわち命である。時に遇わず、地もまた辺鄙で、人もまたこれを助けなければ、ついに時に遇わずして、一箪の食・一瓢の飲み物さえ思うにまかせない。時に遇って世に用いられれば、盗跖でさえ九千人を従えて天下を横行し、諸侯を侵しかすめた。子孫が螽斯(いなご)のように多く栄える者もある。孤独で子が少なく、孫が広がらない者もある。それぞれ、どれが求めて整えられることであろうか。中でも富貴や貧賤については、人がそれぞれ惑って、あるいは言葉を飾り顔色を繕って媚びを入れ、あるいは追従し口先巧みにしきりにへつらいを事とする。ここにおいて大丈夫の卓然とした志はことごとく去って、あの賤しい男が壟断(市場を見下ろす丘)に登って利を独り占めしたのと変わらない。まったく心を放した極みで、もっとも笑うべきことである。
解説
この章句が説くこと
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孟子・梁惠王章句下魯の平公將に出でんとす。嬖人臧倉なる者請うて曰く、「他日、君出づれば、則ち必ず有司に之く所を命ず。今、輿に乘り已に駕す。有司未だ之く所を知らず。敢て請う。」公曰く、「將に孟子を見んとす。」曰く、「何ぞや。君の為す所、身を輕んじて以て匹夫に先だつとは。以て賢と為すか。禮義は賢者由り出づ。而るに孟子の後喪は前喪に踰えたり。君、見る無かれ。」公曰く、「諾。」樂正子、入り見えて曰く、「君、奚為れぞ孟軻を見ざるや。」曰く、「或ひと寡人に告げて曰く、『孟子の後喪は前喪を踰えたり。』是を以て往きて見ざるなり。」曰く、「何ぞや。君の所謂踰ゆとは。前には士を以てし、後には大夫を以てし、前には三鼎を以てし、後には五鼎を以てしたるか。」曰く、「否。棺槨衣衾の美を謂うなり。」曰く、「所謂踰ゆるには非ざるなり。貧富同じからざればなり。」樂正子、孟子に見えて曰く、「克、君に告ぐ。君、來たり見んと為す。嬖人に臧倉なる者有り、君を沮む。君是を以て來たることを果たさざるなり。」曰く、「行くも之を使しむる或り、止まるも之を尼むる或り。行止は人の能くする所に非ざるなり。吾の魯侯に遇わざるは、天なり。臧氏の子、焉ぞ能く予をして遇わしめざらんや。」
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孔子家語・五儀解哀公孔子に問いて曰く、「夫れ国家の存亡禍福は、信に天命有りて、唯だ人のみに非ざるか。」孔子対えて曰く、「存亡禍福は、皆己のみ。天災地妖は、加うる能わざるなり。」公曰く、「善いかな。吾子の言、豈に其の事有るか。」孔子曰く、「昔者殷王帝辛の世、雀の大鳥を城隅に生む有り。之を占いて曰く、『凡そ小を以て大を生ずれば、則ち国家必ず王として名必ず昌んならん』と。是に於て帝辛雀の徳を介として、国政を修めず、亢暴極まり無く、朝臣救うこと莫く、外寇乃ち至りて、殷国以て亡ぶ。此れ即ち己を以て天時に逆らい、福を詭りて反りて禍と為す者なり。又其の先世殷王太戊の時、道缺け法圮れ、以て夭櫱・桑穀朝に致し、七日にして大いに拱す。之を占う者曰く、『桑穀は野木にして朝に合生せず、意者国亡びんか』と。太戊恐駭し、身を側めて行を修め、先王の政を思い、養民の道を明らかにす。三年の後、遠方義を慕いて重訳して至る者、十有六国。此れ即ち己を以て天時に逆らい、禍を得て福と為す者なり。故に天災地妖は、人主を儆む所以の者なり。寤夢征怪は、人臣を儆む所以の者なり。災妖は善政に勝たず、寤夢は善行に勝たず。能く此を知る者は、至治の極なり。唯だ明王のみ此に達す。」公曰く、「寡人鄙固此くの如きに、亦た君子の教を聞くを得ざりしなり。」
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