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山鹿語類 / 士道・辨義利

今生死の一事を以て云。後藤兵衞守長、主人の平重衡を見棄て、重衡の乘替に乘て命を助かり、重衡は生捕れぬ。是命のをしさに主人の重き處を忘れたり。守長は生きたれども、重代の主人を見棄、尤心に耻て京にも不居、熊野法師の後家の後見してありしと云は、剛臆も賢愚も世を治むるはかりごと也。弓矢取身にこそ不覺とも云べけれ、命を全くせんための奉公なり、つとめ也。世の人のそしるは、見る所の高かけとかや云にありとも、守長がことを詳にすべし。

新字:今生死の一事を以て云。後藤兵衛守長、主人の平重衡を見棄て、重衡の乗替に乗て命を助かり、重衡は生捕れぬ。是命のをしさに主人の重き処を忘れたり。守長は生きたれども、重代の主人を見棄、尤心に耻て京にも不居、熊野法師の後家の後見してありしと云は、剛臆も賢愚も世を治むるはかりごと也。弓矢取身にこそ不覚とも云べけれ、命を全くせんための奉公なり、つとめ也。世の人のそしるは、見る所の高かけとかや云にありとも、守長がことを詳にすべし。

書き下し

今生死の一事を以て云。後藤兵衛守長、主人の平重衡を見棄て、重衡の乗替に乗て命を助かり、重衡は生捕れぬ。是命のをしさに主人の重き処を忘れたり。守長は生きたれども、重代の主人を見棄、尤心に耻て京にも不居、熊野法師の後家の後見してありしと云は、剛臆も賢愚も世を治むるはかりごと也。弓矢取身にこそ不覚とも云べけれ、命を全くせんための奉公なり、つとめ也。世の人のそしるは、見る所の高かけとかや云にありとも、守長がことを詳にすべし。

現代語訳

いま生死の一事について言おう。後藤兵衛守長は、主人の平重衡を見捨て、重衡の乗り替えの馬に乗って命を助かり、重衡は生け捕りにされた。これは命が惜しくて主人の重いところを忘れたのである。守長は生き延びたけれども、代々の主人を見捨てたことをもっともなことに心に恥じて、京にも居られず、熊野法師の後家の後見をして暮らしたという。(これについてある人は言う。)剛いか臆病か、賢いか愚かかも、世を治めるための計らいである。弓矢を取る身であればこそ不覚とも言えようが、命を全うするための奉公であり、勤めである。世の人が謗るのは、見るところが高すぎるとかいうことにあるとしても、守長のことをよく考えてみるべきだ、と。

解説

素行は生死の義を、『平家物語』の後藤兵衛守長で具体化する。一の谷の合戦で、守長は主人平重衡の替え馬に乗って逃げ、重衡は生け捕りになった。命惜しさに主の重さを忘れた例であり、守長自身も恥じて京に居られなかったという。続く部分は守長を弁護する側の言い分を引いたものと読めるが、本文には読みにくい箇所があり、訳は推定を含む。保身の判断が後々まで本人を苦しめるという話は、危機の場面で逃げた経験を持つ者には身につまされるものがある。

この章句が説くこと

士道義利生死忠義恥平家物語

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