酔古堂剣掃 / 集峭・血は三年にして碧を藏す
血三年而藏碧,魂一變而成紅。
新字:血三年而蔵碧,魂一変而成紅。
書き下し
血は三年にして碧を藏し、魂は一變して紅と成る。
現代語訳
流された血は三年たって碧玉に変わり、魂はひとたび姿を変えて紅い花となりました。
解説
忠義や無念の思いは、死んでも消えないという二つの伝説を対にした一則です。前半は、周の萇弘が忠義を尽くしながら殺され、蜀の人がその血を蔵しておくと三年後に碧玉に変わったという、荘子に見える話で、碧血の語の元になりました。後半は、蜀の望帝の魂がほととぎすとなり、血を吐くまで鳴いて、その血が赤いつつじの花に染まったという伝説を踏まえるとみられます。どちらも、報われなかった誠の心が、美しいものに姿を変えて残るという物語です。正しいことをしても報われないことはあります。それでも誠を尽くした事実は、形を変えて必ず残るものなのでしょう。
この章句が説くこと
忠義誠実伝説無念故事
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