山鹿語類 / 士道・風度
師曰。大丈夫は一向剛操を立て、其風俗いやしかるべきに似たり。是又大丈夫の本意に非る也。されば月至梧桐上、風來楊柳邊、大丈夫不可有無此風流といへるは、風度の世俗にあらず、明珠の側に在て自然に人をてらすが如き風情を云へり。周茂叔の人品を山谷が論じて、胸中洒落如霽月光風と云しは、其風情のつたなからずして、健骨の相あるを云へるなり。物皆自然のすがたあり。いやしきにはいやしきすがたを表し、貴きには貴き形をあらはす。野鶴には無俗質、靑松には棟梁の氣をふくめり。孟子梁の襄王にまみへて、出て人に語て曰、望之不似人君、就之而不見所畏といへるは、襄王に人君の風度あらざるをいへる也。大丈夫の養不正ときは、唯剛强なるを專として、衣服より飮食居宅の躰、言語動容に至るまで、專らすねまはりて、木のはしの如く取まはし、是則大丈夫の法なりと思ふの輩あり。甚以てあやまれり。
新字:師曰。大丈夫は一向剛操を立て、其風俗いやしかるべきに似たり。是又大丈夫の本意に非る也。されば月至梧桐上、風来楊柳辺、大丈夫不可有無此風流といへるは、風度の世俗にあらず、明珠の側に在て自然に人をてらすが如き風情を云へり。周茂叔の人品を山谷が論じて、胸中洒落如霽月光風と云しは、其風情のつたなからずして、健骨の相あるを云へるなり。物皆自然のすがたあり。いやしきにはいやしきすがたを表し、貴きには貴き形をあらはす。野鶴には無俗質、青松には棟梁の気をふくめり。孟子梁の襄王にまみへて、出て人に語て曰、望之不似人君、就之而不見所畏といへるは、襄王に人君の風度あらざるをいへる也。大丈夫の養不正ときは、唯剛強なるを専として、衣服より飲食居宅の体、言語動容に至るまで、専らすねまはりて、木のはしの如く取まはし、是則大丈夫の法なりと思ふの輩あり。甚以てあやまれり。
書き下し
師曰。大丈夫は一向剛操を立て、其風俗いやしかるべきに似たり。是又大丈夫の本意に非る也。されば月至梧桐上、風来楊柳辺、大丈夫不可有無此風流といへるは、風度の世俗にあらず、明珠の側に在て自然に人をてらすが如き風情を云へり。周茂叔の人品を山谷が論じて、胸中洒落如霽月光風と云しは、其風情のつたなからずして、健骨の相あるを云へるなり。物皆自然のすがたあり。いやしきにはいやしきすがたを表し、貴きには貴き形をあらはす。野鶴には無俗質、青松には棟梁の気をふくめり。孟子梁の襄王にまみへて、出て人に語て曰、望之不似人君、就之而不見所畏といへるは、襄王に人君の風度あらざるをいへる也。大丈夫の養不正ときは、唯剛強なるを専として、衣服より飲食居宅の体、言語動容に至るまで、専らすねまはりて、木のはしの如く取まはし、是則大丈夫の法なりと思ふの輩あり。甚以てあやまれり。
現代語訳
先生はこう言われた。大丈夫はひたすら剛く節操を立てるので、その風俗は野暮で卑しくなりがちであるように見える。これもまた大丈夫の本意ではない。それゆえ「月は梧桐の上に至り、風は楊柳のほとりに来る。大丈夫にはこの風流がなくてはならない」と言うのは、風度が世俗的なものではなく、明るい珠のそばにいると自然に人を照らすような風情を言ったものである。周茂叔(周敦頤)の人柄を山谷(黄庭堅)が論じて、「胸中のさっぱりしていることは、雨上がりの月や光る風のようだ」と言ったのは、その風情がつたなくなく、しっかりした骨格の相があることを言ったのである。物にはみな自然の姿がある。卑しいものには卑しい姿を表し、貴いものには貴い形を現す。野の鶴には俗っぽい質がなく、青い松には棟や梁となる気を含んでいる。孟子が梁の襄王に会い、出てきて人に語って「遠くから眺めても君主らしくなく、近づいてみても畏れ敬うべきところが見えない」(『孟子』梁恵王上)と言ったのは、襄王に人君の風度がないことを言ったのである。大丈夫の修養が正しくないときは、ただ剛く強いことだけをもっぱらとして、衣服から飲食・住まいのさま、言葉や立ち居振る舞いに至るまで、ひたすらすね回って、木の端くれのようにぎこちなく振る舞い、これこそ大丈夫の作法だと思う者がいる。まったくの誤りである。
解説
この章句が説くこと
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