山鹿語類 / 士道・温籍
師曰。大丈夫の度量寛に氣節大なるは、自然に温潤の處ありぬべきなり。温籍と云は、有含蓄包容之意也。內に德をふくみ光をつゝみて、外に圭角あらはれざるのこと也。小智短才なる輩は、器せばきを以て我知を立て、人にほこり、世にてらふ。度量氣象よく万物の上に卓爾たるがゆへに、さらに功を立名にほこる處あらず。而して更に忿勵の氣あらず。溫和自發顏色、仁人君子のすがたあらはれ、物に交り人に友なふときは、陽春のうらゝかにして能物を利するが如くなるべし。是大丈夫の温籍あるときは、能く惠愛して人を救ひ物を助、天下の困究離析するを見ては、我身の苦しみあるが如くす。故に倉廩をひらき、櫃を倒にし、寳を出し財を傾けて、其救を全くして、爰に於て快しとす。是温籍の所致也。碧藏澤自媚、玉収山韜光、大丈夫不可有無此温籍とは、此心なるべし。古人の云接物如虛舟といへるも、温潤の處深からずしては不可有と也。
新字:師曰。大丈夫の度量寛に気節大なるは、自然に温潤の処ありぬべきなり。温籍と云は、有含蓄包容之意也。内に徳をふくみ光をつゝみて、外に圭角あらはれざるのこと也。小智短才なる輩は、器せばきを以て我知を立て、人にほこり、世にてらふ。度量気象よく万物の上に卓爾たるがゆへに、さらに功を立名にほこる処あらず。而して更に忿励の気あらず。温和自発顔色、仁人君子のすがたあらはれ、物に交り人に友なふときは、陽春のうらゝかにして能物を利するが如くなるべし。是大丈夫の温籍あるときは、能く恵愛して人を救ひ物を助、天下の困究離析するを見ては、我身の苦しみあるが如くす。故に倉廩をひらき、櫃を倒にし、宝を出し財を傾けて、其救を全くして、爰に於て快しとす。是温籍の所致也。碧蔵沢自媚、玉収山韜光、大丈夫不可有無此温籍とは、此心なるべし。古人の云接物如虚舟といへるも、温潤の処深からずしては不可有と也。
書き下し
師曰。大丈夫の度量寛に気節大なるは、自然に温潤の処ありぬべきなり。温籍と云は、有含蓄包容之意也。内に徳をふくみ光をつゝみて、外に圭角あらはれざるのこと也。小智短才なる輩は、器せばきを以て我知を立て、人にほこり、世にてらふ。度量気象よく万物の上に卓爾たるがゆへに、さらに功を立名にほこる処あらず。而して更に忿励の気あらず。温和自発顔色、仁人君子のすがたあらはれ、物に交り人に友なふときは、陽春のうらゝかにして能物を利するが如くなるべし。是大丈夫の温籍あるときは、能く恵愛して人を救ひ物を助、天下の困究離析するを見ては、我身の苦しみあるが如くす。故に倉廩をひらき、櫃を倒にし、宝を出し財を傾けて、其救を全くして、爰に於て快しとす。是温籍の所致也。碧蔵沢自媚、玉収山韜光、大丈夫不可有無此温籍とは、此心なるべし。古人の云接物如虚舟といへるも、温潤の処深からずしては不可有と也。
現代語訳
先生はこう言われた。大丈夫の度量が広く気節が大きいときは、自然に温かく潤いのあるところがあるはずである。温藉というのは、含み蓄えて包み容れるという意味である。内に徳を含み光を包んで、外に角立ったところが現れないことである。小さな知恵や乏しい才能の者は、器が狭いので自分の知を立てて、人に誇り世にひけらかす。大丈夫は度量と気象がよく万物の上に卓然としているので、少しも功を立てて名を誇るところがない。そしてまったく怒り激する気がない。温和な気持ちが自然と顔色に表れ、仁人君子の姿が現れて、物に交わり人と友となるときは、陽春がうららかでよく物を利するようである。大丈夫に温藉があるときは、よく恵み愛して人を救い物を助け、天下が困窮し離散するのを見ては、わが身に苦しみがあるかのようにする。だから倉を開き、櫃を逆さにし、宝を出し財を傾けて、その救いを全うして、それでこそ快いとする。これが温藉のもたらすところである。「碧玉が沢に蔵されれば沢は自ずとうるわしく、玉が山に収められれば山は光を包む。大丈夫にはこの温藉がなくてはならない」とは、この心であろう。古人が「物に接するには虚舟(人の乗らない舟)のようにせよ」と言ったのも、温かく潤うところが深くなければありえないというのである。
解説
この章句が説くこと
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