酔古堂剣掃 / 集韻・塵埃も犯す可からず
襟韻灑落如晴雪,秋月塵埃不可犯。
書き下し
襟韻灑落たること晴雪秋月の如く、塵埃も犯す可からず。
現代語訳
胸の内の趣がさっぱりとして、晴れた日の雪や秋の月のように清らかで、塵やほこりも汚すことができません。
解説
人の心ばえの清らかさを、晴雪と秋月にたとえた一句です。襟韻は胸の内から自然ににじみ出る風韻、人柄の趣を言います。灑落は、さっぱりとしてわだかまりのないさまで、宋の黄庭堅が周敦頤の人柄を「胸中灑落」と評したことでも知られる言葉です。晴れた日の雪も秋の月も、明るく冷たく澄みきったものの代表です。そのような心には、世俗の塵埃がいくら舞っても付着しないというのです。清らかさは外から守るものではなく、内側から輝くことで自然と汚れを寄せつけないものなのでしょう。日々の雑事に追われても、心の芯を澄ませておくことを心がけたいものです。
この章句が説くこと
品格修身清廉心境風雅
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