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酔古堂剣掃 / 集法・自ら重んずる者にして人重んず

我能容人,人在我範圍,報之在我,不報在我;人若容我,我在人範圍,不報不知,報之不知。自重者然後人重,人輕者由我自輕。

新字:我能容人,人在我範囲,報之在我,不報在我;人若容我,我在人範囲,不報不知,報之不知。自重者然後人重,人軽者由我自軽。

書き下し

我能く人を容るれば、人は我が範圍に在り、之に報ゆるも我に在り、報いざるも我に在り。人若し我を容るれば、我は人の範圍に在り、報いざるも知らず、之に報ゆるも知らず。自ら重んずる者にして然る後に人重んじ、人の輕んずるは我自ら輕んずるに由る。

現代語訳

私が人を受け入れることができれば、その人は私の度量の内にあり、報いるも報いないも私次第です。もし人が私を受け入れてくれるのであれば、私はその人の度量の内にあり、報われないのか報われるのか、私には分かりません。自分を重んじる者であってはじめて人から重んじられ、人から軽んじられるのは、自分で自分を軽んじているからです。

解説

人を受け入れる側に立つことと、自分を重んじることの大切さを説いた一則です。範囲は、ここでは度量の及ぶ範囲、手のひらの内といった意味です。自分が人を包み込む側にいれば、主導権は自分にあります。逆に人に包まれる側にいれば、どう扱われるかは相手次第です。後半は、人から重んじられるかどうかは、まず自分が自分を重んじているかにかかると言います。自分を大切にする人は、振る舞いに品位が出て、自然と周りからも大切にされます。卑屈にならず、度量を広げる努力をしたいものです。

この章句が説くこと

度量自重処世寛容品位

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この一句を、あなたの毎日に。

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