格言聯璧 / 學問類・萬物一體、之を仁と謂ふ
竭忠盡孝,謂之人。治國經邦,謂之學。 安危定變,謂之才。經天緯地,謂之文。 霽月光風,謂之度。萬物一體,謂之仁。 以心術為本根,以倫理為楨幹,以學問為菑畬,以文章為花萼,以事業為結實,以書史為園林,以歌詠為鼓吹,以義理為膏粱,以著述為文繡,以誦讀為耕耘,以記問為居積,以前言往行為師友,以忠信篤敬為修持,以作善降祥為受用,以樂天知命為依歸。
新字:竭忠尽孝,謂之人。治国経邦,謂之学。 安危定変,謂之才。経天緯地,謂之文。 霽月光風,謂之度。万物一体,謂之仁。 以心術為本根,以倫理為楨幹,以学問為菑畬,以文章為花萼,以事業為結実,以書史為園林,以歌詠為鼓吹,以義理為膏粱,以著述為文繍,以誦読為耕耘,以記問為居積,以前言往行為師友,以忠信篤敬為修持,以作善降祥為受用,以楽天知命為依帰。
書き下し
忠を竭し孝を盡す、之を人と謂ふ。國を治め邦を經む、之を學と謂ふ。 危を安んじ變を定む、之を才と謂ふ。天を經とし地を緯とす、之を文と謂ふ。 霽月光風、之を度と謂ふ。萬物一體、之を仁と謂ふ。 心術を以て本根と爲し、倫理を以て楨幹と爲し、學問を以て菑畬と爲し、文章を以て花萼と爲し、事業を以て結實と爲し、書史を以て園林と爲し、歌詠を以て鼓吹と爲し、義理を以て膏粱と爲し、著述を以て文繡と爲し、誦讀を以て耕耘と爲し、記問を以て居積と爲し、前言往行を以て師友と爲し、忠信篤敬を以て修持と爲し、作善降祥を以て受用と爲し、樂天知命を以て依歸と爲す。
現代語訳
忠を尽くし孝を尽くすこと、これを人といいます。国を治め国家を経営すること、これを学といいます。 危うい事態を安定させ変事を収めること、これを才といいます。天地を縦糸・横糸として秩序づけること、これを文といいます。 雨上がりの月や晴れた日の風のようにさわやかなこと、これを度量といいます。万物を一体と感じること、これを仁といいます。 心の持ち方を根とし、人倫を幹とし、学問を田の開墾とし、文章を花とし、事業を実とし、書物と歴史を庭園とし、詩歌を楽の音とし、道理をごちそうとし、著述を美しい刺繍とし、朗読を田畑の耕作とし、記憶と問いかけを蓄えとし、先人の言葉と行いを師や友とし、忠信篤敬(まごころと誠実とつつしみ)を修養の支えとし、善を行えば福が降ることを日々の受け取りとし、天を楽しみ命を知ることを最後の拠り所とします。
解説

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