山鹿語類 / 士道・度量
師嘗曰。士は其至れる天下の大事をうけて、その大任を自由にいたす心あらざれば、度量不寛してせばせばしきになりぬべし。されば長江大河の更に其かぎりを不可知が如く、泰山喬嶽の草木鳥獸をかくすが如にして、其胸中には天下の万事を容て自由ならしむべき、是を度量といへり。天空任鳥飛、海濶委魚躍、大丈夫不可有無此度量と云は、此心を云へるにや。後漢黄憲がことを郭林宗がいへる言に、叔度汪々若萬頃波、澄之不清、撓之不濁、不可量と云へり。晋周顗が此中空洞無物、足容卿輩數百人と王導に答へし、是各其人の度量と云べし。器如此に寛廣にあらざれば、力量又逞しからず。力量と云は從容として萬物をとゝのへ、談笑して四海をしたがへ、地の重きを負海の廣きをひたし、天の大にして無外、日月の光の無不通、これ皆自然の力量也。されば天下に中して立ち、四海の民を定むるとも、是を以てほこらず、大事を一胸襟に定め、大節を万民の上にほどこせども、是を以て大なりとせず、如此に氣の力量を養得ずしては、物々にせばまり困んで、浩然の大なるを不可得なり。故に度量を以てすべしといへり。
新字:師嘗曰。士は其至れる天下の大事をうけて、その大任を自由にいたす心あらざれば、度量不寛してせばせばしきになりぬべし。されば長江大河の更に其かぎりを不可知が如く、泰山喬嶽の草木鳥獣をかくすが如にして、其胸中には天下の万事を容て自由ならしむべき、是を度量といへり。天空任鳥飛、海濶委魚躍、大丈夫不可有無此度量と云は、此心を云へるにや。後漢黄憲がことを郭林宗がいへる言に、叔度汪々若万頃波、澄之不清、撓之不濁、不可量と云へり。晋周顗が此中空洞無物、足容卿輩数百人と王導に答へし、是各其人の度量と云べし。器如此に寛広にあらざれば、力量又逞しからず。力量と云は従容として万物をとゝのへ、談笑して四海をしたがへ、地の重きを負海の広きをひたし、天の大にして無外、日月の光の無不通、これ皆自然の力量也。されば天下に中して立ち、四海の民を定むるとも、是を以てほこらず、大事を一胸襟に定め、大節を万民の上にほどこせども、是を以て大なりとせず、如此に気の力量を養得ずしては、物々にせばまり困んで、浩然の大なるを不可得なり。故に度量を以てすべしといへり。
書き下し
師嘗曰。士は其至れる天下の大事をうけて、その大任を自由にいたす心あらざれば、度量不寛してせばせばしきになりぬべし。されば長江大河の更に其かぎりを不可知が如く、泰山喬嶽の草木鳥獣をかくすが如にして、其胸中には天下の万事を容て自由ならしむべき、是を度量といへり。天空任鳥飛、海濶委魚躍、大丈夫不可有無此度量と云は、此心を云へるにや。後漢黄憲がことを郭林宗がいへる言に、叔度汪々若万頃波、澄之不清、撓之不濁、不可量と云へり。晋周顗が此中空洞無物、足容卿輩数百人と王導に答へし、是各其人の度量と云べし。器如此に寛広にあらざれば、力量又逞しからず。力量と云は従容として万物をとゝのへ、談笑して四海をしたがへ、地の重きを負海の広きをひたし、天の大にして無外、日月の光の無不通、これ皆自然の力量也。されば天下に中して立ち、四海の民を定むるとも、是を以てほこらず、大事を一胸襟に定め、大節を万民の上にほどこせども、是を以て大なりとせず、如此に気の力量を養得ずしては、物々にせばまり困んで、浩然の大なるを不可得なり。故に度量を以てすべしといへり。
現代語訳
先生はかつてこう言われた。士は、天下のこの上ない大事を引き受けて、その大任を自在にこなす心がなければ、度量が広くなく、こせこせしたものになってしまう。そうであるから、長江や大河がその果てを知りえないように、泰山や高い山々が草木や鳥獣を包み隠すようにして、その胸の内には天下の万事を容れて自在にさせるべきである、これを度量という。「空は広く鳥が飛ぶに任せ、海は広く魚が躍るに委ねる。大丈夫にはこの度量がなくてはならない」と言うのは、この心を言ったものであろうか。後漢の黄憲(字は叔度)のことを郭林宗(郭泰)が評した言葉に、「叔度は広々として万頃の波のようだ。澄ませても清くならず、かき乱しても濁らず、量り知ることができない」とある。晋の周顗が「この腹の中はがらんどうで何もないが、あなたのような者を数百人は容れられる」と王導に答えたのも、それぞれその人の度量と言うべきである。器がこのように広くなければ、力量もまたたくましくない。力量というのは、ゆったりとして万物を整え、談笑しながら四海を従え、大地の重さを背負い海の広さを浸し、天が大きくて外がなく、日月の光が通らないところがないような、これらはみな自然の力量である。だから天下の中心に立ち、四海の民を安定させても、それを誇らず、大事を一つの胸の内で定め、大節を万民の上に施しても、それを大きいこととしない。このように気の力量を養い得なければ、物ごとにとらわれ狭まって困り、浩然の大きさを得ることはできない。それゆえ度量をもってせよと言うのである。
解説
この章句が説くこと
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