十善法語 / 巻第六・不惡口戒
愚ナル者ハ。謹愼ハ窮窟ナルヤウニ思ヒ。放逸ハ安樂ナルヤウニ思フ。サウデナイ。誠ノ樂ハ謹愼篤實ノ上ニ在テ。燕安放逸ノ處ニハナイ。愚ナル者ハ。謹愼篤實ナレハ不器量ナル樣ニ思ヒ。倨傲大膽ナレハ一器量アル樣ニ思フ。サウテナイ。誠ノ度量ハ謹愼篤實ノ上ニ在テ。倨傲大膽ノ處ニハナキシヤ。古稽叔夜カ鍾會ヲ侮テ。後其身刑セラル。其養生論閑言語トナル。知伯カ韓魏ヲ侮テ。終ニ身ヲ亡シ國ヲ亡ス。其强土堅甲ミナ敵ノ資トナル。稽叔夜カ自ラ才ヲ負ミ。知伯カ自ラ威名ニ夸ル。實ヲ剋スレハ。ミナ其量ノ狭小ナルヨリ起ル。耻ヘキコトシヤ。
新字:愚ナル者ハ。謹慎ハ窮窟ナルヤウニ思ヒ。放逸ハ安楽ナルヤウニ思フ。サウデナイ。誠ノ楽ハ謹慎篤実ノ上ニ在テ。燕安放逸ノ処ニハナイ。愚ナル者ハ。謹慎篤実ナレハ不器量ナル様ニ思ヒ。倨傲大胆ナレハ一器量アル様ニ思フ。サウテナイ。誠ノ度量ハ謹慎篤実ノ上ニ在テ。倨傲大胆ノ処ニハナキシヤ。古稽叔夜カ鍾会ヲ侮テ。後其身刑セラル。其養生論閑言語トナル。知伯カ韓魏ヲ侮テ。終ニ身ヲ亡シ国ヲ亡ス。其強土堅甲ミナ敵ノ資トナル。稽叔夜カ自ラ才ヲ負ミ。知伯カ自ラ威名ニ夸ル。実ヲ剋スレハ。ミナ其量ノ狭小ナルヨリ起ル。耻ヘキコトシヤ。
書き下し
愚ナル者ハ。謹慎ハ窮窟ナルヤウニ思ヒ。放逸ハ安楽ナルヤウニ思フ。サウデナイ。誠ノ楽ハ謹慎篤実ノ上ニ在テ。燕安放逸ノ処ニハナイ。愚ナル者ハ。謹慎篤実ナレハ不器量ナル様ニ思ヒ。倨傲大胆ナレハ一器量アル様ニ思フ。サウテナイ。誠ノ度量ハ謹慎篤実ノ上ニ在テ。倨傲大胆ノ処ニハナキシヤ。古稽叔夜カ鍾会ヲ侮テ。後其身刑セラル。其養生論閑言語トナル。知伯カ韓魏ヲ侮テ。終ニ身ヲ亡シ国ヲ亡ス。其强土堅甲ミナ敵ノ資トナル。稽叔夜カ自ラ才ヲ負ミ。知伯カ自ラ威名ニ夸ル。実ヲ剋スレハ。ミナ其量ノ狭小ナルヨリ起ル。耻ヘキコトシヤ。
現代語訳
愚かな者は、謹みは窮屈なもののように思い、放逸は安楽なもののように思う。そうではない。まことの楽しみは謹み深く誠実なところにあって、安逸や放逸のところにはない。愚かな者は、謹み深く誠実であれば器量がないように思い、傲慢で大胆であれば一かどの器量があるように思う。そうではない。まことの度量は謹み深く誠実なところにあって、傲慢や大胆のところにはないのである。昔、嵇康(叔夜)が鍾会を侮って、後にその身は刑に処された。その養生論は無用の言葉となった。知伯が韓と魏を侮って、ついに身を滅ぼし国を滅ぼした。その強い兵や堅い鎧はみな敵の資となった。嵇康は自らの才をたのみ、知伯は自らの威名を誇った。実をつきつめれば、みなその度量が狭く小さいことから起こる。恥ずべきことである。
解説
この章句が説くこと
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