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近思録 / 巻10 政事

感慨殺身者易、從容就義者難。人或勸先生以加禮近貴。先生曰:何不見責以盡禮、而責之以加禮?禮盡則已、豈有加也?或問簿、佐令者也。簿所欲爲、令或不從、奈何?曰:當以誠意動之。今令與簿不和、只是爭私意。令是邑之長、若能以事父兄之道事之、過則歸己、善則惟恐不歸於令。積此誠意、豈有不動得人?問:人於議論多欲直己、無含容之氣。是氣不平否?曰:固是氣不平、亦是量狹。人量隨識長。亦有人識高而量不長者、是識實未至也。大凡別事、人都強得。惟識量不可強。今人有斗筲之量、有釜斛之量、有鍾鼎之量、有江河之量。江河之量亦大矣。然有涯。有涯亦有時而滿。惟天地之量則無滿。故聖人者、天地之量也。聖人之量、道也。常人之有量者、天資也。天資有量須有限。大抵六尺之軀、力量只如此。雖欲不滿、不可得也。如鄧艾位三公、年七十。處得甚好。及因下蜀有功、便動了。謝安聞謝玄破苻堅、對客圍碁。報至不喜。及歸折屐齒。強終不得也。更如人大醉後益恭謹者。只益恭謹、便是動了。雖與放肆者不同、其爲酒所動一也。又如貴公子位益高、益卑謙。只卑謙、便是動了。雖與驕傲者不同、其爲位所動一也。然惟知道者量自然宏大。不勉強而成。今人有所見卑下者無他、亦是識量不足也。

新字:感慨殺身者易、従容就義者難。人或勧先生以加礼近貴。先生曰:何不見責以尽礼、而責之以加礼?礼尽則已、豈有加也?或問簿、佐令者也。簿所欲為、令或不従、奈何?曰:当以誠意動之。今令与簿不和、只是争私意。令是邑之長、若能以事父兄之道事之、過則帰己、善則惟恐不帰於令。積此誠意、豈有不動得人?問:人於議論多欲直己、無含容之気。是気不平否?曰:固是気不平、亦是量狭。人量随識長。亦有人識高而量不長者、是識実未至也。大凡別事、人都強得。惟識量不可強。今人有斗筲之量、有釜斛之量、有鍾鼎之量、有江河之量。江河之量亦大矣。然有涯。有涯亦有時而満。惟天地之量則無満。故聖人者、天地之量也。聖人之量、道也。常人之有量者、天資也。天資有量須有限。大抵六尺之躯、力量只如此。雖欲不満、不可得也。如鄧艾位三公、年七十。処得甚好。及因下蜀有功、便動了。謝安聞謝玄破苻堅、対客囲碁。報至不喜。及帰折屐歯。強終不得也。更如人大酔後益恭謹者。只益恭謹、便是動了。雖与放肆者不同、其為酒所動一也。又如貴公子位益高、益卑謙。只卑謙、便是動了。雖与驕傲者不同、其為位所動一也。然惟知道者量自然宏大。不勉強而成。今人有所見卑下者無他、亦是識量不足也。

書き下し

感慨して身を殺すは易く、従容として義に就くは難し。人或は先生に勧むるに近貴に礼を加ふるを以てす。先生曰く、何ぞ責むるに礼を尽すを以てせずして、之を責むるに礼を加ふるを以てするや。礼尽せば則ち已む、豈に加ふること有らんや。或ひと問ふ、簿は、令を佐くる者なり。簿の為さんと欲する所、令或は従はずんば、奈何せん。曰く、当に誠意を以て之を動かすべし。今令と簿と和せざるは、只是れ私意を争ふのみ。令は是れ邑の長なり、若し能く父兄に事ふるの道を以て之に事へ、過は則ち己に帰し、善は則ち惟だ令に帰せざらんことを恐る。此の誠意を積まば、豈に人を動かし得ざること有らんや。問ふ、人議論に於て多く己を直くせんと欲し、含容の気無し。是れ気平らかならざるか。曰く、固より是れ気平らかならず、亦是れ量狭きなり。人の量は識に随ひて長ず。亦人の識高くして量長ぜざる者有り、是れ識実に未だ至らざるなり。大凡別事は、人都て強ひ得。惟だ識量は強ふべからず。今人に斗筲の量有り、釜斛の量有り、鍾鼎の量有り、江河の量有り。江河の量も亦大なり。然れども涯有り。涯有れば亦時有りて満つ。惟だ天地の量のみ則ち満つること無し。故に聖人は、天地の量なり。聖人の量は、道なり。常人の量有る者は、天資なり。天資の量有るは須らく限り有るべし。大抵六尺の軀、力量は只此くの如し。満たざらんと欲すと雖も、得べからざるなり。鄧艾の如き位三公、年七十。処し得て甚だ好し。蜀を下して功有るに因るに及び、便ち動き了る。謝安謝玄の苻堅を破るを聞き、客に対して碁を囲む。報至るも喜ばず。帰るに及びて屐歯を折る。強ふるも終に得ざるなり。更に人の大酔の後に益恭謹なる者の如き。只益恭謹なる、便ち是れ動き了るなり。放肆なる者と同じからずと雖も、其の酒の為に動かさるるは一なり。又貴公子の位益高くして、益卑謙なるが如き。只卑謙なる、便ち是れ動き了るなり。驕傲なる者と同じからずと雖も、其の位の為に動かさるるは一なり。然れども惟だ道を知る者のみ量自然に宏大なり。勉強せずして成る。今人の見る所卑下なる者有るは他無し、亦是れ識量足らざるなり。

現代語訳

感情が高ぶって身を殺すのはたやすく、落ち着いて義に就くのは難しい。ある人が先生(程頤)に、身近な高官に対して礼を増すよう勧めた。先生は言った。なぜ礼を尽くすことを求めずに、礼を増すことを求めるのか。礼を尽くせばそれで終わりである。どうして増すことがあろうか。ある人が問うた。主簿(しゅぼ、県の書記官)は県令を補佐する者である。主簿がしようとすることに県令が従わない場合、どうすればよいか。答えて言う。誠意によって県令を動かすべきである。いま県令と主簿が和合しないのは、ただ私意を争っているだけである。県令は県の長である。もし父や兄に仕える道によって仕え、過ちは自分に引き受け、善いことはただ県令に帰さないことを恐れる。この誠意を積み重ねれば、どうして人を動かせないことがあろうか。問う。人は議論において自分の正しさを通そうとすることが多く、包容する気持ちがない。これは気が平らかでないからか。答えて言う。もとより気が平らかでないのであり、また度量が狭いのである。人の度量は見識に従って伸びる。見識は高いのに度量が伸びない人もいるが、それは見識が本当にはまだ至っていないのである。およそほかの事は、人はみな無理にでもできる。ただ見識と度量だけは無理にはできない。今の人には、斗や筲(小さな升)の度量の者がいて、釜や斛(こく、大きな升)の度量の者がいて、鍾や鼎の度量の者がいて、長江や黄河の度量の者がいる。長江や黄河の度量も大きい。しかし果てがある。果てがあれば、時には満ちる。ただ天地の度量だけは満ちることがない。だから聖人は天地の度量である。聖人の度量は道である。普通の人で度量がある者は、生まれつきの資質による。資質による度量には限りがある。おおよそ六尺の身体では、力量はこの程度である。満ちないようにと思っても、できはしない。たとえば鄧艾(とうがい、三国魏の将軍)は三公の位にあって七十歳であった。身の処し方はたいへん立派であった。だが蜀を降した功があると、たちまち心が動いてしまった。謝安(しゃあん、東晋の宰相)は謝玄(しゃげん、謝安の甥)が苻堅(ふけん、前秦の君主)を破ったと聞いたとき、客を前にして碁を打っていた。知らせが来ても喜ぶそぶりを見せなかった。だが帰るときには(喜びのあまり敷居で)下駄の歯を折った。無理に抑えても結局抑えきれなかったのである。さらに、人が大いに酔ったあとにますます恭しく慎み深くなるような場合もそうである。ますます恭しく慎み深くなること、それこそが心が動いたのである。気ままにふるまう者とは違っても、酒に動かされている点では同じである。また身分の高い貴公子が、位が高くなるほどますます謙遜するような場合もそうである。ますます謙遜すること、それこそが心が動いたのである。驕り高ぶる者とは違っても、位に動かされている点では同じである。しかしただ道を知る者だけは、度量がおのずと広く大きい。無理に努めなくても成るのである。今の人に見方の卑しい者がいるのは、ほかでもない、これも見識と度量が足りないのである。

解説

程頤の語を中心に、度量と見識を論じた条である。感情に任せて身を捨てるより、落ち着いて義に就く方が難しいという冒頭の一句は重い。高官に礼を増せと勧められて、礼は尽くせば終わりで増すものではないと答えるのは、へつらいと礼の違いを示す。県令と主簿が対立したら、過ちは自分が引き受け手柄は上に帰せ、という助言は、上司と折り合わない補佐役への具体的な処方である。後半の度量論は印象深い。度量は見識に従って伸び、見識と度量だけは無理にできない。斗筲から江河まで人の器には果てがあり、果てがあれば満ちる。鄧艾や謝安の例、酔って恭しくなる人、出世してへりくだる貴公子まで、外見は立派でも心が動いている点では同じだと見抜く。自分の器の限界を知る物差しになる。

この章句が説くこと

度量識量誠意礼動心

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