山鹿語類 / 士道・知己職分
故に先づ身の職分を詳に究理可仕と云也。此わきまへあらざらん輩は、速に三民に入て、或は耕して食ひ、或は工みして世をわたり、或は商買して身を過て可然。是天のとがめ可少。若しゝいて奉公をのぞみ、士たらんことを求めば、奴隷雜人の役をつとめて、所得の祿をすくなくし、主の恩を薄くして、抱關擊柝のつとめやすきつとめをなして身を終ふべし。是則職分也。士として祿を得祿を求むるの輩、身の職分をば聊しらずして、祿を貪らん事は、心に耻る處なくんば不可有也。故に士の本とするは、在知職分とは云へる也。
新字:故に先づ身の職分を詳に究理可仕と云也。此わきまへあらざらん輩は、速に三民に入て、或は耕して食ひ、或は工みして世をわたり、或は商買して身を過て可然。是天のとがめ可少。若しゝいて奉公をのぞみ、士たらんことを求めば、奴隷雑人の役をつとめて、所得の禄をすくなくし、主の恩を薄くして、抱関撃柝のつとめやすきつとめをなして身を終ふべし。是則職分也。士として禄を得禄を求むるの輩、身の職分をば聊しらずして、禄を貪らん事は、心に耻る処なくんば不可有也。故に士の本とするは、在知職分とは云へる也。
書き下し
故に先づ身の職分を詳に究理可仕と云也。此わきまへあらざらん輩は、速に三民に入て、或は耕して食ひ、或は工みして世をわたり、或は商買して身を過て可然。是天のとがめ可少。若しゝいて奉公をのぞみ、士たらんことを求めば、奴隷雑人の役をつとめて、所得の禄をすくなくし、主の恩を薄くして、抱関撃柝のつとめやすきつとめをなして身を終ふべし。是則職分也。士として禄を得禄を求むるの輩、身の職分をば聊しらずして、禄を貪らん事は、心に耻る処なくんば不可有也。故に士の本とするは、在知職分とは云へる也。
現代語訳
だから、まずわが身の職分を詳しく究め明らかにせよと言うのである。このわきまえがない者は、速やかに三民の中に入って、あるいは耕して食い、あるいは物を作って世を渡り、あるいは商売をして身を過ごすのがよい。そうすれば天のとがめも少ないだろう。もし強いて奉公を望み、士であろうとするなら、奴隷や雑人の役を勤めて、受け取る禄を少なくし、主の恩を薄くして、抱関撃柝(門番や夜回り)のような勤めやすい勤めをして一生を終えるべきである。それがすなわちその者の職分である。士として禄を得、禄を求める者が、わが身の職分を少しも知らずに禄を貪るのは、心に恥じるところがなくてはならないことである。それゆえ、士の根本とすべきことは職分を知ることにある、と言うのである。
解説
この章句が説くこと
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『武士道』第八章 名譽・新井白石と小蛇の創史上、哀事多し。されど未だ人類の母エバが、騒立つ胸、戦く指に、粗き針取りて、憂に沈める良人の摘み与ふる無花果の葉を綴るの光景の如く哀しきはあらず。神明に背く覿面の罪果は、人間に固着して離るべからず。裁縫の技の如何に精妙を極むとも、未だ羞恥を包むに足るべき蔽膝を縫ふ能はず。新井白石の年少うして苦学するや、富人某といふものあり、其志の超凡なるを見、之に孫女を妻はし、且つ給するに勤学の資を以てせんと乞ひしに、白石之を辞し、『昔、霊潭に小蛇棲めり。人あり小刀を抜き、其腮に微傷を負はしむるや、たちまち丈余の大蛇と化して斃れ、頭上に尺余の創痕を有したりと云ふ。富人の欲する所は、即ち小蛇を傷くることなり。されど後来、我れ家を興し、名を成さんには、其創ことに大なるものあらん。
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論語・憲問篇憲、恥を問う。子曰わく、邦に道あれば穀し、邦に道無くして穀するは、恥なり。
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『正法眼蔵随聞記』巻三是れに愧て辞すといへども、猶終に首座に請す、其の後元首座此の詞はを記録して、自らを愧しめて師の美言を顕はす、今ま是を案ずるに、昇進を望み、物のかしらとなり、長老とならんと思ふことをば、古人是を慚ぢしむ、只道を悟らんとのみ思ふて余事あるべからず、
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『呻吟語』内篇・修身・邪僻を蹈めば肆志抗額邪僻を蹈めば、則ち志を肆にし額を抗げて略ぼ顧忌する所無し。義禮に由れば、則ち頭を羞ぢ面を愧ぢて以て自ら容るる無きが若し。此れ愚不肖の恒態にして、士君子の大恥なり。
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