導師導古典を学びたいすべての人に

驢鞍橋 / 卷中

又此の恥は、浮世の人知らされば、苦しからずとは云はんや。夢幻なる人間の中の恥をだに愚に思ふは更になし。况や未來永劫の恥に於てをや。此の理をしらさるを、理を知る人と云はんや、義ある人となさんや。さりとては兼て思ひ知り給ふへし。理ある人間ならは、是れを恐るへし。義ある人ならは、勇猛堅固の心釼を以て、生死の敵を截斷して、大平に住すへしと云ふはさまざまの異生となり、惡道に輪廻し、世々生々耻を曝さん事、口惜き事に非すや。是れを永劫の苦みと云ふ也。是れをかへりみすと云ふこと有らんや。なに人の知るぞ知らぬぞと云ふ間ならんや。さりとては兼てよふ思ひ知り、勇猛心を以て生死を修し離れて、大安樂に住せよと云ふ事也。是れまてはいさめの分式也。末はおつとつて心の用ゐ樣也。

新字:又此の恥は、浮世の人知らされば、苦しからずとは云はんや。夢幻なる人間の中の恥をだに愚に思ふは更になし。況や未来永劫の恥に於てをや。此の理をしらさるを、理を知る人と云はんや、義ある人となさんや。さりとては兼て思ひ知り給ふへし。理ある人間ならは、是れを恐るへし。義ある人ならは、勇猛堅固の心釼を以て、生死の敵を截断して、大平に住すへしと云ふはさまざまの異生となり、悪道に輪廻し、世々生々耻を曝さん事、口惜き事に非すや。是れを永劫の苦みと云ふ也。是れをかへりみすと云ふこと有らんや。なに人の知るぞ知らぬぞと云ふ間ならんや。さりとては兼てよふ思ひ知り、勇猛心を以て生死を修し離れて、大安楽に住せよと云ふ事也。是れまてはいさめの分式也。末はおつとつて心の用ゐ様也。

書き下し

又此の恥は、浮世の人知らされば、苦しからずとは云はんや。夢幻なる人間の中の恥をだに愚に思ふは更になし。況や未来永劫の恥に於てをや。此の理をしらさるを、理を知る人と云はんや、義ある人となさんや。さりとては兼て思ひ知り給ふへし。理ある人間ならは、是れを恐るへし。義ある人ならは、勇猛堅固の心釼を以て、生死の敵を截断して、大平に住すへしと云ふはさまざまの異生となり、悪道に輪廻し、世々生々耻を曝さん事、口惜き事に非すや。是れを永劫の苦みと云ふ也。是れをかへりみすと云ふこと有らんや。なに人の知るぞ知らぬぞと云ふ間ならんや。さりとては兼てよふ思ひ知り、勇猛心を以て生死を修し離れて、大安楽に住せよと云ふ事也。是れまてはいさめの分式也。末はおつとつて心の用ゐ様也。

現代語訳

また「この恥は、浮世の人が知らないのだから構わない、とでも言うのか。夢幻のような人間の間の恥でさえ、軽く思う者はいない。まして未来永劫の恥においてはなおさらである。この理を知らない者を、理を知る人と言えようか、義のある人とできようか。なんとしても前もって思い知っておかれるがよい。理のある人間ならば、これを恐れるべきである。義のある人ならば、勇猛堅固な心の剣で生死の敵を断ち切って、泰平に住みなさい」と書いたのは、さまざまな異生となって悪道に輪廻し、世々生々に恥をさらすことは、口惜しいことではないか、ということである。これを永劫の苦しみというのである。これを顧みないということがあろうか。人が知るか知らないかという問題であろうか。なんとしても前もってよく思い知り、勇猛心で生死を修め離れて、大安楽に住めということである。ここまでは諌めの部分である。ここから後は、いよいよ心の用い方である。

解説

世間の人が知らなければ恥ではない、という考えを正三は厳しく退ける。人前の恥さえ誰もが気にするのに、未来永劫にわたる恥を恐れないのは、理も義もない証拠だという。人が見ているかどうかではなく、自分の生き方そのものが問われているのである。ここまでが諌めで、この後に心の具体的な用い方が続くと正三は区切っている。誰も見ていない場面での振る舞いこそ、その人の本当の姿を映すことを思い出させる条である。

この章句が説くこと

恥義理勇猛心修行輪廻

関連する章句

古典の入門書『人生の教科書』の表紙

人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。

古典の入門書『人生の教科書』(PDF)と、師導の全機能1か月がセットで700円。二十四の悩みに、論語・老子・孫子から徒然草・五輪書までが答えます。

本の中身を見る
古典の入門書『人生の教科書』(PDF)+師導1か月=700円 本を見る