言志四録 / 言志晩録 第二百四十条 恥を知れば則ち恥無し
人不可無恥。又不可無悔。知悔則無悔。知恥則無恥。
書き下し
人は恥無かるべからず。又悔無かるべからず。悔を知れば則ち悔無く、恥を知れば則ち恥無し。
現代語訳
人は恥の心がなくてはならない。また悔いる心がなくてはならない。悔いることを知っていれば、やがて悔いるような行いはなくなり、恥を知っていれば、恥ずべき行いはなくなる。
解説
恥と悔いは、どちらも人が自分を省みる心の働きです。『孟子』に「恥無きを之れ恥づれば、恥無し」とあり、一斎はこれを受けて、悔いについても同じことが言えるとします。恥や悔いを感じる心を持っていれば、同じ過ちを繰り返さず、結果として恥じることも悔いることもない生き方ができる。逆に、恥も悔いも感じない人は、何度でも同じ失敗を重ねることになります。『言志録』でも「立志の功は恥を知るを以て要と為す」と述べており、恥は一斎の思想の中で向上の原動力として重く位置づけられています。失敗を振り返る場で、言い訳や責任転嫁に終わらせず、自分の中に悔いと恥をきちんと感じられるかどうかが、次に生かせるかを分けるのでしょう。
この章句が説くこと
恥悔い自省改過向上心
関連する章句
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孟子・盡心章句上孟子曰く、「人は以て恥無かるべからず。恥無きを之れ恥づれば、恥無し。」
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言志四録・言志録 第七条 立志の功は恥を知るに在り志を立つるの功は、恥を知るを以て要と為す。
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『甲陽軍鑑』品第四十但しさやうの人は我心よきまゝに大略の人をあさくみて自慢の意地ある者なり、とてもの儀に慢気なくして、年增をばうやまい、年おとりを引きたて、同年をばたがひにうちとけ、其中によく近づく人のたらぬ事ある共よく異見を仕り、惣別人も我もよきやうにと存知、少しもへつらふたる儀いでば、心に心を耻る人は何に付けても大きにほめたる事なりといふて、
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『正法眼蔵随聞記』巻三是れに愧て辞すといへども、猶終に首座に請す、其の後元首座此の詞はを記録して、自らを愧しめて師の美言を顕はす、今ま是を案ずるに、昇進を望み、物のかしらとなり、長老とならんと思ふことをば、古人是を慚ぢしむ、只道を悟らんとのみ思ふて余事あるべからず、
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論語・憲問篇憲、恥を問う。子曰わく、邦に道あれば穀し、邦に道無くして穀するは、恥なり。
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『正法眼蔵随聞記』巻六示して云く、人を愧づべくんば明眼の人を愧づべし、予在宋の時天童の浄和尚、侍者に請するにいはく、元子は外国人たりといへども、器量人なりと云ふて請す、予堅く此を辞す、其故は和国に聞へん為にも、学道の稽古の為にも、大切なれども、衆中に具眼の人ありて、外国人として大叢林の侍者たらんこと、大国に人なきに似たりと難ずることやあらん、最もはぢつべしと思ひて、書状を以て此旨をのべしかば、浄和尚聞て、国を重んじ、人を愧づることを感じ、許して更に請し玉はざりしなり、
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