和俗男子訓 / 巻二・一言の過ちが身を滅ぼす
一古語云、一星之火、能燒萬頃之薪、半句之非言、誤損平生之德、たゞ人は、言をつゝしむべし、昔源賴光の亭に客あり、其中に、弟の河內守賴信も坐せられたり、賴光の家臣、村岡五郎貞道、瓶子を取て居たり、賴信貞道に向ひて、駿河國人何某が首斬て得させよとのたまふ、貞道かゝるとは、ひそかにこそ頼み給はめ、おほくの人の中にて、いひちらし給ふは、鳴呼の人かなと思ひて、はかばかしくもこたえず、其後、三四月ほど過て、貞道東國におもむきけるに、駿河の男に行あひたり、貞道件の事をば、おもひも出さず、馬をひかへて、物語してわかるゝに、かの男いひけるは、御邊は、頼信にたのまれて、我をねらはるゝときけり、いかに心がけらるゝとも、我等程の者、たやすくうたれんやと、笑て打過るに、貞道かつて害心もなかりしが、此ことばに腹を立て、取てかへし、かの男を射落し、首を取て、京に持のぼりけり、そのまゝ打過なば、恙なかるべきに、過言故に、身をうしなへりと、古記にあり、
新字:一古語云、一星之火、能焼万頃之薪、半句之非言、誤損平生之徳、たゞ人は、言をつゝしむべし、昔源頼光の亭に客あり、其中に、弟の河内守頼信も坐せられたり、頼光の家臣、村岡五郎貞道、瓶子を取て居たり、頼信貞道に向ひて、駿河国人何某が首斬て得させよとのたまふ、貞道かゝるとは、ひそかにこそ頼み給はめ、おほくの人の中にて、いひちらし給ふは、鳴呼の人かなと思ひて、はかばかしくもこたえず、其後、三四月ほど過て、貞道東国におもむきけるに、駿河の男に行あひたり、貞道件の事をば、おもひも出さず、馬をひかへて、物語してわかるゝに、かの男いひけるは、御辺は、頼信にたのまれて、我をねらはるゝときけり、いかに心がけらるゝとも、我等程の者、たやすくうたれんやと、笑て打過るに、貞道かつて害心もなかりしが、此ことばに腹を立て、取てかへし、かの男を射落し、首を取て、京に持のぼりけり、そのまゝ打過なば、恙なかるべきに、過言故に、身をうしなへりと、古記にあり、
書き下し
一古語云、一星之火、能燒萬頃之薪、半句之非言、誤損平生之德、たゞ人は、言をつゝしむべし、昔源賴光の亭に客あり、其中に、弟の河內守賴信も坐せられたり、賴光の家臣、村岡五郎貞道、瓶子を取て居たり、賴信貞道に向ひて、駿河國人何某が首斬て得させよとのたまふ、貞道かゝるとは、ひそかにこそ頼み給はめ、おほくの人の中にて、いひちらし給ふは、鳴呼の人かなと思ひて、はかばかしくもこたえず、其後、三四月ほど過て、貞道東國におもむきけるに、駿河の男に行あひたり、貞道件の事をば、おもひも出さず、馬をひかへて、物語してわかるゝに、かの男いひけるは、御邊は、頼信にたのまれて、我をねらはるゝときけり、いかに心がけらるゝとも、我等程の者、たやすくうたれんやと、笑て打過るに、貞道かつて害心もなかりしが、此ことばに腹を立て、取てかへし、かの男を射落し、首を取て、京に持のぼりけり、そのまゝ打過なば、恙なかるべきに、過言故に、身をうしなへりと、古記にあり、
現代語訳
古語に「一星の火、よく万頃の薪を焼く。半句の非言、平生の徳を誤り損なう」とあります。人はただ、言葉を慎むべきです。昔、源頼光の邸に客がいて、その中に弟の河内守頼信も同席していました。頼光の家臣の村岡五郎貞道は、瓶子を取って控えていました。頼信は貞道に向かって、駿河国の何某という者の首を斬って持ってこい、とおっしゃいました。貞道は、このようなことは、ひそかに頼まれるものだろうに、多くの人の中で言い散らされるとは、愚かな人だと思って、はかばかしく返事もしませんでした。その後、三、四か月ほど過ぎて、貞道が東国に赴いたとき、駿河の男に行き会いました。貞道はそのことを思い出しもせず、馬を止めて話をして別れようとすると、その男が言うには、あなたは頼信に頼まれて、私を狙っていると聞いています。どれほど心がけても、私ほどの者は、たやすく討たれはしません、と笑って通り過ぎました。貞道はまったく害心もなかったのですが、この言葉に腹を立てて取って返し、その男を射落とし、首を取って京に持ち上りました。そのまま通り過ぎていれば無事だったのに、過言のために身を失ったと、古い記録にあります。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『武士訓』卷二・第14段又調度おひたるさふらひ來りけるが。かの死人をみて。側に馬をよせて。いかにして死たるかとて。弓にてつきければ。此死人弓にとりつきおきあがり。かのさふらひを馬よりひきおとし。さしたる刀をうばひとりてさしころし。其馬に打乘。飛がごとくにげうせたり。かゝることをせんとて虛死したりしを。前にとをりし人ははかり知て。用心せしにこそ。かしこかりけりなど感じつゝ。其名を尋とひけるに。村岡五郎平貞道(源頼光の四天王の一人也)と聞えければ。げにことはりとぞ申あひけるとあり。すべてたやすくおもへるとも。弓斷すまじき事なり。古歌に「折えてもこゝろゆるすなさくらばなさそふあらしの有とこそすれ」とよめるこゝろにおなじ。
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