和俗男子訓 / 巻二・自分に似た者を好む偏りを戒める
一子華子說云、子車氏が豭、其色粹にして黑し、此豭、三ッの豚をうめり、二ッは粹にして黑く、一ッは駁にして白し、己に類せざるをにくみ、噛てこれを殺し、己に同じきものを、やしなひ、そだてしといへり、よき人なれども、己にくみせざればにくみ、あしき人なれ共、己にくみするものを、よろこぶは、俗情なり、善人のたちかたき、惡人ののぞきがたきは、ともに是古今の通弊なり、この故に杜陵が詩にも、新松恨不長千尺、惡竹須應斬萬竿と賦せり、一世上に人をはかりて、一旦は富を得たるものあれども、身を全することあたはず、己ひとり智ありとおもへども、人もまた智あり、たとへば、かりそめに漆りたる器の、程なくはぐるがごく、後には、いつはりあらはるゝなり、たゞ拙きを養ひ、愼て信を守るべし、たとへば、はじめより木地の器は、見たるところ、よろしからねども、漆たる器のはげたるよりは、まされるにおなじ、
新字:一子華子説云、子車氏が豭、其色粋にして黒し、此豭、三ッの豚をうめり、二ッは粋にして黒く、一ッは駁にして白し、己に類せざるをにくみ、噛てこれを殺し、己に同じきものを、やしなひ、そだてしといへり、よき人なれども、己にくみせざればにくみ、あしき人なれ共、己にくみするものを、よろこぶは、俗情なり、善人のたちかたき、悪人ののぞきがたきは、ともに是古今の通弊なり、この故に杜陵が詩にも、新松恨不長千尺、悪竹須応斬万竿と賦せり、一世上に人をはかりて、一旦は富を得たるものあれども、身を全することあたはず、己ひとり智ありとおもへども、人もまた智あり、たとへば、かりそめに漆りたる器の、程なくはぐるがごく、後には、いつはりあらはるゝなり、たゞ拙きを養ひ、慎て信を守るべし、たとへば、はじめより木地の器は、見たるところ、よろしからねども、漆たる器のはげたるよりは、まされるにおなじ、
書き下し
一子華子說云、子車氏が豭、其色粹にして黑し、此豭、三ッの豚をうめり、二ッは粹にして黑く、一ッは駁にして白し、己に類せざるをにくみ、噛てこれを殺し、己に同じきものを、やしなひ、そだてしといへり、よき人なれども、己にくみせざればにくみ、あしき人なれ共、己にくみするものを、よろこぶは、俗情なり、善人のたちかたき、惡人ののぞきがたきは、ともに是古今の通弊なり、この故に杜陵が詩にも、新松恨不長千尺、惡竹須應斬萬竿と賦せり、一世上に人をはかりて、一旦は富を得たるものあれども、身を全することあたはず、己ひとり智ありとおもへども、人もまた智あり、たとへば、かりそめに漆りたる器の、程なくはぐるがごく、後には、いつはりあらはるゝなり、たゞ拙きを養ひ、愼て信を守るべし、たとへば、はじめより木地の器は、見たるところ、よろしからねども、漆たる器のはげたるよりは、まされるにおなじ、
現代語訳
子華子の説に、子車氏の豭(親豚)は、その色が純粋で黒かったといいます。この豚が三匹の子豚を産み、二匹は純粋で黒く、一匹はまだらで白かったので、自分に似ていないのを憎み、噛んで殺し、自分と同じものを養い育てたといいます。よい人であっても自分に与しなければ憎み、悪い人であっても自分に与する者を喜ぶのは、世俗の情です。善人が立ち行きにくく、悪人が除きにくいのは、いずれも古今に通じる弊害です。このため杜陵(杜甫)の詩にも、「新松恨むらくは千尺に長ぜざるを、悪竹須く応に万竿を斬るべし」と詠んでいます。また、世の中で人をたばかって、一旦は富を得た者がいても、身を全うすることはできません。自分ひとりだけが知恵があると思っても、他の人にもまた知恵があります。たとえば、かりそめに漆を塗った器が、まもなく剥げるように、後には偽りが現れます。ただ、拙いものを養い、慎んで信を守りなさい。たとえば、初めから木地のままの器は、見た目はよくなくても、漆を塗って剥げた器よりはまさっているのと同じです。
解説
この章句が説くこと
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尚書・蔡仲之命善を為すこと同じからざれども、同じく治に歸す。惡を為すこと同じからざれども、同じく亂に歸す。
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史記 平津侯主父列伝其れ思慮を省き、精神を存し、輔くるに医薬を以てせよ』と。告を賜ひて病を治めしめ、牛酒雑帛あり。居ること数月、瘳ゆる有り、事を視る。元狩二年に至り、竟に善く相位に終ふ。夫れ臣を知るは君に若くは莫し、此れ其の効なり。弘の子度爵を嗣ぎ、後に山陽太守と為り、法に坐して侯を失ふ。夫れ徳を表し義を章かにするは、俗を率ゐ化を厲ます所以にして、聖王の制、易はらざるの道なり。其れ弘の後の子孫の次に当に後為るべき者に爵関内侯を賜ひ、食邑三百戸、徴して公車に詣らしめ、名を尚書に上れ、朕親ら臨みて拝せん」と。班固称して曰く、公孫弘・卜式・兒寛は皆鴻漸の翼を以て燕雀に困しみ、跡を羊豕の間に遠ざく、其の時に遇ふに非ずんば、焉んぞ能く此の位を致さんや。是の時漢興りて六十余載、海内乂安にして、府庫充実し、而して四夷未だ賓はず、制度多く闕く、上方に文武を用ひんと欲し、之を求むること及ばざるが如し。始め蒲輪を以て枚生を迎へ、主父を見て嘆息す。群臣慕向し、異人并び出づ。卜式は芻牧より試みられ、弘羊は賈豎より擢かれ、衛青は奴僕より奮ひ、日磾は降虜より出づ、斯れ亦曩時の版築飯牛の朋なり。漢の人を得る、茲に於て盛んと為す。儒雅は則ち公孫弘・董仲舒・兒寛、篤行は則ち石建・石慶、質直は則ち汲黯・卜式、推賢は則ち韓安国・鄭当時、定令は則ち趙禹・張湯、文章は則ち司馬遷・相如、滑稽は則ち東方朔・枚皋、応対は則ち厳助・朱買臣、歴数は則ち唐都・落下閎、協律は則ち李延年、運籌は則ち桑弘羊、奉使は則ち張騫・蘇武、将帥は則ち衛青・霍去病、受遺は則ち霍光・金日磾。其の余は勝げて紀すべからず。是を以て功業を興造し、制度遺文、後世及ぶ莫し。
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