武士訓 / 卷二・第14段
又調度おひたるさふらひ來りけるが。かの死人をみて。側に馬をよせて。いかにして死たるかとて。弓にてつきければ。此死人弓にとりつきおきあがり。かのさふらひを馬よりひきおとし。さしたる刀をうばひとりてさしころし。其馬に打乘。飛がごとくにげうせたり。かゝることをせんとて虛死したりしを。前にとをりし人ははかり知て。用心せしにこそ。かしこかりけりなど感じつゝ。其名を尋とひけるに。村岡五郎平貞道(源頼光の四天王の一人也)と聞えければ。げにことはりとぞ申あひけるとあり。すべてたやすくおもへるとも。弓斷すまじき事なり。古歌に「折えてもこゝろゆるすなさくらばなさそふあらしの有とこそすれ」とよめるこゝろにおなじ。
新字:又調度おひたるさふらひ来りけるが。かの死人をみて。側に馬をよせて。いかにして死たるかとて。弓にてつきければ。此死人弓にとりつきおきあがり。かのさふらひを馬よりひきおとし。さしたる刀をうばひとりてさしころし。其馬に打乗。飛がごとくにげうせたり。かゝることをせんとて虚死したりしを。前にとをりし人ははかり知て。用心せしにこそ。かしこかりけりなど感じつゝ。其名を尋とひけるに。村岡五郎平貞道(源頼光の四天王の一人也)と聞えければ。げにことはりとぞ申あひけるとあり。すべてたやすくおもへるとも。弓断すまじき事なり。古歌に「折えてもこゝろゆるすなさくらばなさそふあらしの有とこそすれ」とよめるこゝろにおなじ。
書き下し
又調度おひたるさふらひ來りけるが。かの死人をみて。側に馬をよせて。いかにして死たるかとて。弓にてつきければ。此死人弓にとりつきおきあがり。かのさふらひを馬よりひきおとし。さしたる刀をうばひとりてさしころし。其馬に打乘。飛がごとくにげうせたり。かゝることをせんとて虛死したりしを。前にとをりし人ははかり知て。用心せしにこそ。かしこかりけりなど感じつゝ。其名を尋とひけるに。村岡五郎平貞道(源頼光の四天王の一人也)と聞えければ。げにことはりとぞ申あひけるとあり。すべてたやすくおもへるとも。弓斷すまじき事なり。古歌に「折えてもこゝろゆるすなさくらばなさそふあらしの有とこそすれ」とよめるこゝろにおなじ。
現代語訳
また、調度を負った侍がやって来て、その死人を見て、側に馬を寄せ、どうして死んだのかと言って、弓で突くと、この死人は弓にとりついて起き上がり、その侍を馬から引き落とし、差していた刀を奪い取って刺し殺し、その馬に乗って、飛ぶように逃げ去りました。こういうことをしようとして死んだふりをしたのを、前に通った人は見抜いて用心したのであり、賢いことだ、などと感心しながら、その名を尋ねたところ、村岡五郎平貞道(源頼光の四天王の一人)と聞こえたので、なるほどもっともだと皆で言い合ったと書かれています。すべて、たやすく思える場合でも、油断してはなりません。古歌に「折えてもこゝろゆるすなさくらばなさそふあらしの有とこそすれ」と詠まれた心と同じです。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『武士訓』卷二・第13段うまれつき勇敢の人なりとも。かねてものごとに覺悟なければ。ゆきあたりて。憶するやうにも見へ。おもはぬ不覺ともなることあり。むかし袴垂といふ盗賊。禁獄せられしが。大赦にあふて出しかども。立よるべきところなかりしかば。關山にゆきて。道のかたはらに裸にてそら死してふしたりける。しかるところに。道を往來するものども。これはいかにして死たるにや。きずもなきなどゝ。いひのゝしりける。それとはしらず。騎馬のさふらひ通りけるが。かくときゝて。弓取なをし。馬をおしたてゝ。死人のかたに目をかけ。用心して過ければ。みる人手をうつて。たばかりいかめしきさふらひの。死人に向て。用心するおかしさよとわらひけり。そのゝち往來の人すくなくなりけるとき。
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『文武訓』武訓上一人を切りて刀を鞘にをさめず、手にもちて逃け去る者に途中にて行きあひたる時、彼の者我に手むかひせずば、其切りたる理を知らずして、妄に彼と切合ふべからず。遠よりよぎて通すべし。あとより追ひ来る人、其者をうちとめよと、遠ながら言をかけたりとも、其切りたる仔細を知らで、みだりにたたかふべからず。其人を切れる故をたづねて、其者妄に人をころせしとかたらば、追来る者と共に追ひかけ行くべし。追来る者に切らせ、是を助くべし。或はわが切らんも、亦其時宜によるべし。もしは、父兄主君などの敵をうちてのく者ならば、追行くべからず。君父のかたき打ちたる忠孝の道あれば、人を切りたりとて、きることなかれうつことなかれ。およそのこと、用心は臆病にせよ、心は剛にもつべしと、義貞軍記にいへる俗語のごとくにすべし。
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『武士訓』卷三・第2段賴信このことをきゝて。賴義にはしらさず。胡籙かきおひ馬にのつて。必條此盗賊は。東よりつけ來りたるものよと思はれければ。關山をさして追てゆく。賴義は裝束もとかで丸寢して居ければ。これも籙おひ馬に騎て。父にもつげず關山へむかつて追ゆきたり。件の盗賊は。ぬすみ得たる馬にのつて。關山邊の川をさつと渡してあゆませゆく。賴信このをとをきゝて。賴義はさだめてわれよりさきだちぬらんと思れければ。はやかれを射よとよばゝれるに。とばのうちに。弓のをとからく〳〵としければ。射おとしたりと心え。いそぎ馬をとり來れと。いひすてゝ。家に歸られければ。賴義もほどなく馬をひきてぞ來られけりとあり。武道に心がくる者は。かくこそありたけれ(寢ときも帶をとくべからず。鎧は勿論小帶をなすべからず。前帶をなすことなかれ。)
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『武訓』上・第23段人を切りて、刀をさやにをさめず、手にもちてにげ去る者に、途中にて行きあひたる時、彼の者、我に手むかひせずば、其の切りたる理をしらずして、妄に彼と切合ふべからず。遠よりよきて通すべし。あとよりおひ來る人、其の者をうちとめよと、遠ながら言をかけたりとも、其の切りたる子細をしらで、みだりにたゝかふべからず。其の人を切れる故をたづねて、其の者、妄に人をころせしとかたらば、追來る者と共に、おひかけ行くべし。追來る者にきらせ、是を助くべし。或は、わが切らんも、亦、其の時宜によるべし。もしは、父兄主君などの敵をうちてのく者ならば、追行くべからず。君父のかたき打ちたる忠孝の道あれば、人を切りたるとて、きることなかれ、うつことなかれ。およそのこと、用心は臆病にせよ心は剛にもつべしと、義貞軍記にいへる、俗語のごとくにすべし。
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『武訓』下・第10段或武人、敵と我、兩人戰ふ時のこゝろをよめる描き歌あり。「身はすてつ心ばかりははふらさじ人のうごきをまちてぞうつべき」、いふ心は、敵と戰ふにのぞまば、身はすつべし。身をのがれんとおもへば、心みだれ、おそれひるみて、敵にかつべきちからなし。されど、心ひとつは失ふべからず。敵とたゝかふ時に、つねのごとくにして、心をうごかすべからず。わがかたより、みだりにかゝらず、こらへて早くうつべからず。人のうごきをまちて、其のすきまを見て、はやくうつべし、是、敵にかつの道なりといへり、
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『武士訓』卷三・第4段世俗武藝少しおぼえぬれば。つねに目かどをたて。假初の出あひにも。他のことばをとがむるは。血氣のためにおかされて。忠孝の理をわすれたるなり。ねがはくは。裏に勇猛を含みて。表に和愛を顯すべし。死すべきところにのぞみては。人にさきだちて一足も退ざるべし。但し死すべき塲と。死すまじき塲あり。死すべき塲に死るを義死と稱し。死すまじき塲に死るを狗死と譏れり。
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