囲炉夜話 / 第百九十則・口を守ること瓶の如し
一言足以招大禍,故古人守口如瓶,惟恐其覆墜也。 一行足以玷終身,故古人飭躬若璧,惟恐有瑕疵也。
書き下し
一言は以て大禍を招くに足る、故に古人は口を守ること瓶の如く、惟だ其の覆墜を恐るるなり。 一行は以て終身を玷すに足る、故に古人は躬を飭ふること璧の若く、惟だ瑕疵有るを恐るるなり。
現代語訳
たった一言が大きな災いを招くことがあります。だから昔の人は、口を瓶のように固く守り、ひっくり返してこぼすことだけを恐れました。たった一つの行いが一生を汚すことがあります。だから昔の人は、身を宝玉のように慎み、傷がつくことだけを恐れました。
解説
言葉と行いの慎みを、瓶と璧のたとえで示す対句です。守口如瓶は、口を瓶の口のように固く閉じるという、よく知られた言い回しです。瓶が倒れれば中身は戻らないように、口から出た言葉は取り消せません。下の句の璧は、中央に穴のある平たい宝玉です。玷は玉の傷のことで、一つの行いの過ちが、一生の評判に消えない傷を残すと言います。言葉は瓶、行いは玉と、どちらも壊れたら戻らない器物にたとえている点が巧みです。一度の失言や不正で信用を失う例は今も後を絶たず、口を開く前、手を出す前に一呼吸おく習慣の大切さを教えます。
この章句が説くこと
慎言慎行禍福修身信用
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