人物志 / 接識
能識同體之善,而或失異量之美。
新字:能識同体之善,而或失異量之美。
書き下し
能く同体の善を識るも、或いは異量の美を失う。
現代語訳
自分と同じ型の人の良さは見抜けても、自分とは器の異なる人の美点はしばしば見落としてしまう。
解説
自分と似た気質や考え方を持つ人の長所は、驚くほど簡単に見抜ける。だが自分とは器や個性の異なる人の美点は、意識しないと見落としてしまいがちである。これは能力の欠如というより、認知の型が似た者にしか反応しにくいという人の性質による。職場やコミュニティで多様な人と関わるとき、自分の物差しに合わない良さを見過ごしていないか、確かめる価値がある。
この章句が説くこと
同質性多様性認知の限界
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