人物志 / 流業
凡此八業,皆以三材為本。故雖波流分別,皆為輕事之材也。
新字:凡此八業,皆以三材為本。故雖波流分別,皆為軽事之材也。
書き下し
凡そ此の八業は、皆三材を以て本と為す。故に波流分かれ別かると雖も、皆軽事の材為るなり。
現代語訳
これら八つの才能領域は、いずれも徳・法・術という三つの根本資質を土台としている。それゆえ、枝分かれして多様に分かれて見えても、しょせんはみな、個々の事柄に対応するための才にすぎないのである。
解説
人が持つ才能は一見無数に見えるが、突き詰めれば徳・法・術という少数の根本資質の組み合わせに帰着する、と劉劭は説く。営業向き、調整向き、実務向きといった評価も、根っこをたどれば同じ土壌から枝分かれしたにすぎない。自分や他人の得意分野を見るとき、表面的な違いに惑わされず、その奥にある資質の型に目を向けると理解が深まる。多様な肩書きの奥にある共通の根を意識する視点は、人材を見る目にも自分を知る手がかりにもなる。
この章句が説くこと
根本資質多様性人材の本質
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