和俗男子訓 / 巻一・妻を迎え去らせる際の慎み
一近世妻を娶るものをきくに、あるひは、容色すぐれざれば、事を左右によせて去、あるひは妻を娶らざる前よりつかへる妾女が、さかしらを信じて、妻を去のたぐひ、あげてかぞへがたし、他の愛子をこひうけ、はづかしめて、一生をすてしむるは、罪惡もつとも甚だし、妻の父兄たる者、七去の品ありてされるか、いなやを、きゝとゞけて、うけとるべし、しからずしては、武門の瑕瑾なるべし、(但民間に、女子親がうちにあるとき、家人などに通じ、あるひは、座頭出家などに通ずるものも、おほしといふ、是もと父母のみだりなるより、おこれり、かゝる女子を人におくらば、去るゝも宜なり、このたぐひの女を、去ざるは、かへつて武門の瑕瑾なり、事一槪にきはむべからず、)
新字:一近世妻を娶るものをきくに、あるひは、容色すぐれざれば、事を左右によせて去、あるひは妻を娶らざる前よりつかへる妾女が、さかしらを信じて、妻を去のたぐひ、あげてかぞへがたし、他の愛子をこひうけ、はづかしめて、一生をすてしむるは、罪悪もつとも甚だし、妻の父兄たる者、七去の品ありてされるか、いなやを、きゝとゞけて、うけとるべし、しからずしては、武門の瑕瑾なるべし、(但民間に、女子親がうちにあるとき、家人などに通じ、あるひは、座頭出家などに通ずるものも、おほしといふ、是もと父母のみだりなるより、おこれり、かゝる女子を人におくらば、去るゝも宜なり、このたぐひの女を、去ざるは、かへつて武門の瑕瑾なり、事一槪にきはむべからず、)
書き下し
一近世妻を娶るものをきくに、あるひは、容色すぐれざれば、事を左右によせて去、あるひは妻を娶らざる前よりつかへる妾女が、さかしらを信じて、妻を去のたぐひ、あげてかぞへがたし、他の愛子をこひうけ、はづかしめて、一生をすてしむるは、罪惡もつとも甚だし、妻の父兄たる者、七去の品ありてされるか、いなやを、きゝとゞけて、うけとるべし、しからずしては、武門の瑕瑾なるべし、(但民間に、女子親がうちにあるとき、家人などに通じ、あるひは、座頭出家などに通ずるものも、おほしといふ、是もと父母のみだりなるより、おこれり、かゝる女子を人におくらば、去るゝも宜なり、このたぐひの女を、去ざるは、かへつて武門の瑕瑾なり、事一槪にきはむべからず、)
現代語訳
近ごろ妻を娶る者を聞くと、容姿が優れないからといって事を左右によせて去らせたり、妻を娶る前から仕えている妾女の差し出口を信じて妻を去らせたりする類は、数え挙げられないほどです。他人の愛する子を乞い受けて、辱めて一生を捨てさせるのは、罪悪のもっとも甚だしいものです。妻の父や兄である者は、七去の品があって去らされたのかどうかを、聞き確かめたうえで引き取るべきです。そうでなければ、武門の瑕瑾となるでしょう。(ただし民間では、女子が親元にいるときに、家人などと通じたり、座頭や出家などと通じたりする者も多いと言います。これはもとは父母の乱れから起こったものです。このような女子を人に嫁がせたなら、去らされるのも当然です。このたぐいの女を去らさないのは、かえって武門の瑕瑾です。事は一概に決めてはいけません。)
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『玉勝間』十三の巻 臣の王を娶る事記略に、延暦十二年九月丙戌の詔に、見任の大臣、良家の子孫、三世以下を娶るを許す、但し藤原氏は、累代相承けて、摂政絶えず、此を以てこれを論ずれば、等しきに因るべからず、殊に二世以下を娶るを聴すべしと見えたり。そもそも古は、皇女はさらにも申さず、すべて臣の、王の女を娶ることは、ゆるされぬ事にて、さる事かつて無かりしを、継嗣令に、臣五世の王を娶るは聴すとあるは、令の時、始めての御制にや有りけむ。そのかみ万の事、さしも漢風にうつされしかども、これらはさすがに、人の情の安からざる事なれば、延暦の頃になりてすら、なお上の件の如くなりけらし。令のかの同じつづきに、王は親王を娶り、ただ五世の王は、親王を娶るを得ずとも見えて、諸王は、四世までも、皇女をも娶りしを、臣は、そのかみわずかに、五世の女王を娶ることをゆるされしを以て、王と臣と、すじの尊き卑しきけじめ、厳なりしことを知るべし。夫婦のむすびをなすことも、尊き卑しきけじめ、かばかり正しかりしを、そののち何事もみな、漸に漢風にうつりはてて、ついに今の如くには成りぬるなり。世の人ただ、同姓娶らずなど云う、漢風の事をのみ、思い云いて、皇国の古に、かばかり尊き卑しきけじめを分けし事をば、知らざめる故に、今いささかおどろかすなり。
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『政談』婚姻に金を取る事婚姻に金を取ること当時の風俗なり、是によりて娘多く持ちたるものは身上悪しくなる、金を望む故相手あり難く、男女ともに年経るまて独身にて子孫の乏しき類も多し、又不相応なる人の娘を取親をして妻とするたぐひも多し、独身にて久しく居ては傾城町へありき、金を使ひ悪しき病を受け、又は妾を置き様々の悪事之より出つる、惣して堂上かた又田舎の百姓は大かた二十歳より内にて婚礼する故子孫も多きなり、かた〳〵あしきことなれとも内証のことなれはすへきやうなし、武家を知行所に置きたらは自から此の悪風は止むへし、左なくは当分縁組を掌とる役人を立てゝ、願を用ひす上よりきわめ仰せ有られはこの風止むへし、
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『慎思録』巻之五其の性行を審らかに択ばざるべからず。又須らく父家の良賤を選ぶべし。唯其の容貌の美悪を以て取舎を為すべからず。然れども君子の父に於けるや、愛敬兼ね至り、母に比して最も厚き者は、何ぞや。蓋し人の生ずるや、始めを父に資る。是れ稟受の本源たり。母の如きは、養育の功固より多しと雖も、然れども其の本始たりて之を統ぶる者は父なり。是れ猶ほ地育の功厚しと雖も、特に天生の徳大なるがごとし。故に父は天たり、母は地たり。其の尊卑自ら同じからず。此れ父を以て至尊至親と為し、其の尊ぶべきこと天と斉し。故に君子は最も其の父に厚くして、母は其の次なり。
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『和俗童子訓』巻之五・教女子法一婦人は、夫の家を以て家とするが故に、嫁するを帰ると云ふ。云ふ意は、我が家に帰るなり。夫の家を我が家として帰るゆゑ、一たび行きて帰らざるは、定まれる理なり。されど不徳にしてしうと夫に背き、和順ならざれば、夫にすさめられ、しうとに悪まれ、父の家に追かへさるる禍あり。婦人の恥づべき事、是に過ぎたるはなし。もしくは、夫柔和にして、婦の不順をこらへて帰さざれども、帰さるべきとがあり。されば人をゆるすべくして、人の為にゆるさるるは本意にあらず。
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易経・彖伝帰妹(きまい)は、天地の大義なり。天地交わらざれば、万物興らず。帰妹は、人の終始なり。説(よろこ)びて以て動く、帰(とつ)ぐ所は妹(まい)なり。「征けば凶」とは、位当たらざればなり。「利(よ)ろしき攸(ところ)なし」とは、柔の剛に乗ればなり。
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詩経・小雅・鴻鴈之什・我行其野我行其野(がこうきや)は、宣王を刺(そし)るなり。 我其の野を行く、蔽芾(へいはい)たる其の樗(ちょ)。昏姻(こんいん)の故に、言(ここ)に爾(なんじ)の居に就く。爾我を畜(やしな)わずんば、我が邦家に復(かえ)らん。 我其の野を行き、言に其の蓫(ちく)を采る。昏姻の故に、言に爾の宿に就く。爾我を畜わずんば、言に帰りて斯(ここ)に復らん。 我其の野を行き、言に其の葍(ふく)を采る。旧姻を思わずして、爾の新特(しんとく)を求む。成(まこと)に富を以てせず、亦祗(ただ)以て異なるのみ。

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