詩経 / 小雅・鴻鴈之什・我行其野
《我行其野》,刺宣王也。 我行其野,蔽芾其樗。昏姻之故,言就爾居。爾不我畜,復我邦家。 我行其野,言采其蓫。昏姻之故,言就爾宿。爾不我畜,言歸斯復。 我行其野,言采其葍。不思舊姻,求爾新特。成不以富,亦祗以異。
新字:《我行其野》,刺宣王也。 我行其野,蔽芾其樗。昏姻之故,言就爾居。爾不我畜,復我邦家。 我行其野,言采其蓫。昏姻之故,言就爾宿。爾不我畜,言帰斯復。 我行其野,言采其葍。不思旧姻,求爾新特。成不以富,亦祗以異。
書き下し
我行其野(がこうきや)は、宣王を刺(そし)るなり。 我其の野を行く、蔽芾(へいはい)たる其の樗(ちょ)。昏姻(こんいん)の故に、言(ここ)に爾(なんじ)の居に就く。爾我を畜(やしな)わずんば、我が邦家に復(かえ)らん。 我其の野を行き、言に其の蓫(ちく)を采る。昏姻の故に、言に爾の宿に就く。爾我を畜わずんば、言に帰りて斯(ここ)に復らん。 我其の野を行き、言に其の葍(ふく)を采る。旧姻を思わずして、爾の新特(しんとく)を求む。成(まこと)に富を以てせず、亦祗(ただ)以て異なるのみ。
現代語訳
「我行其野」の詩は、周の宣王をそしったものである。 わたしは野原を行く、ごんずいの木が生い茂っている。婚姻の縁があったからこそ、あなたの家に身を寄せた。あなたがわたしを養ってくれないのなら、わたしは生まれた家に帰ろう。 わたしは野原を行き、ぎしぎしの葉を摘む。婚姻の縁があったからこそ、あなたの家に泊まり身を寄せた。あなたがわたしを養ってくれないのなら、実家に帰って戻るまでだ。 わたしは野原を行き、ひるがおの根を掘る。あなたは古くからの妻を思わず、新しい相手を求めている。それはまことに相手が裕福だからでもなく、ただ目新しさを求めているにすぎない。
解説
婚姻の縁を頼って夫の家に身を寄せた女性が、夫に顧みられず、新しい相手に心を移されて、実家へ帰ろうとする詩である。野に出て役に立たない木や、苦い草を摘む情景が、見捨てられた身の寂しさを映す。毛詩序は宣王を刺った詩とし、王の時代に婚姻の道が乱れ、夫婦の信義が失われたことをそしったものと読む。朱熹『詩集伝』も、婚姻の縁で身を寄せたのに受け入れられなかった者の詩と読み、読みの筋は大きく変わらない。結びの「成に富を以てせず、亦祗以て異なるのみ」は、『論語』顔淵篇で、子張が惑いを見分けることを問うた章の末に引かれている。人が心を移すのは相手の価値ゆえではなく、ただ目新しさに惹かれるからだ、という鋭い観察は、人の心の移ろいやすさを突いている。
この章句が説くこと
詩経婚姻離縁論語新特
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