和俗童子訓 / 巻之五・教女子法
一婦人は、夫の家を以て家とするが故に、嫁するを歸ると云ふ。云ふ意は、我が家に歸るなり。夫の家を我が家として歸るゆゑ、一たび行きて歸らざるは、定まれる理なり。されど不德にしてしうと夫に背き、和順ならざれば、夫にすさめられ、しうとに惡まれ、父の家に追かへさるゝ禍あり。婦人の恥づべき事、是に過ぎたるはなし。もしくは、夫柔和にして、婦の不順をこらへて歸さゞれども、歸さるべきとがあり。されば人をゆるすべくして、人の爲にゆるさるゝは本意にあらず。
新字:一婦人は、夫の家を以て家とするが故に、嫁するを帰ると云ふ。云ふ意は、我が家に帰るなり。夫の家を我が家として帰るゆゑ、一たび行きて帰らざるは、定まれる理なり。されど不徳にしてしうと夫に背き、和順ならざれば、夫にすさめられ、しうとに悪まれ、父の家に追かへさるゝ禍あり。婦人の恥づべき事、是に過ぎたるはなし。もしくは、夫柔和にして、婦の不順をこらへて帰さゞれども、帰さるべきとがあり。されば人をゆるすべくして、人の為にゆるさるゝは本意にあらず。
書き下し
一婦人は、夫の家を以て家とするが故に、嫁するを帰ると云ふ。云ふ意は、我が家に帰るなり。夫の家を我が家として帰るゆゑ、一たび行きて帰らざるは、定まれる理なり。されど不徳にしてしうと夫に背き、和順ならざれば、夫にすさめられ、しうとに悪まれ、父の家に追かへさるる禍あり。婦人の恥づべき事、是に過ぎたるはなし。もしくは、夫柔和にして、婦の不順をこらへて帰さざれども、帰さるべきとがあり。されば人をゆるすべくして、人の為にゆるさるるは本意にあらず。
現代語訳
婦人は夫の家を自分の家とするので、嫁ぐことを「帰る」と言います。その意味は、自分の家に帰るということです。夫の家を自分の家として帰るのですから、一度行ったら帰らないのは定まった道理です。けれども不徳で舅や夫に背き、和順でなければ、夫に嫌われ、舅・姑に憎まれて、父の家に追い返される禍があります。婦人の恥ずべきことで、これにまさるものはありません。あるいは、夫が柔和で妻の不順をこらえて帰さなくても、帰されるべきとががあるのです。そうであれば、人を許すべき立場にありながら、人に許されるのは本意ではありません。
解説
この章句が説くこと
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