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和俗男子訓 / 巻一・命は天にあり人力を尽くす

一命は天にありといふ事を、あやまりおぼえて、こゝろまゝに、身をもつは、非なり、命は天にありといへども、其命をなすことは、己にあり、(命は天に有れども、しかもわが身にあるなり、これを運といふ、天命人運、合して一なり、)たとへば、百歳存命のうまれつきなりとも、水におぼれ死し、火になげいれば、やけ死すべし、水火にふれ、死して後命なりといふは、命をしらざるなり、燈火を密室におかば、きゆべからざるを、風前に置で消しむるに似たり、人力をつくすといへども、のがれ得ざるところ、則命なり、人力をつくさずして、死にいたるは、非命なり、そのかみ大剛の勇士おほしといへども、敵に對するには、鎧を着し、楯をつきて、矢砲をふせげり、素肌にて、たゝかひしものをきかず、是右所謂人力を盡せるなり、かく用意しても、あるひは、矢にあたり、劒にふれて死せるは、命なり、運つきざるうちは、矢砲の間にまじはり居ても、あたらざるなり、たとひあたりて死するとも、かねて君に獻じ置る身なれば、わたくしにおしむべけんや、臆病なるものは、矢砲をおそるゝはいまだし、雷霆にだもおそるゝあり、運つきて擊るゝにおよばゞ、にげたりとも、避くべからず、怯弱もつとも笑ふべし、

新字:一命は天にありといふ事を、あやまりおぼえて、こゝろまゝに、身をもつは、非なり、命は天にありといへども、其命をなすことは、己にあり、(命は天に有れども、しかもわが身にあるなり、これを運といふ、天命人運、合して一なり、)たとへば、百歳存命のうまれつきなりとも、水におぼれ死し、火になげいれば、やけ死すべし、水火にふれ、死して後命なりといふは、命をしらざるなり、灯火を密室におかば、きゆべからざるを、風前に置で消しむるに似たり、人力をつくすといへども、のがれ得ざるところ、則命なり、人力をつくさずして、死にいたるは、非命なり、そのかみ大剛の勇士おほしといへども、敵に対するには、鎧を着し、楯をつきて、矢砲をふせげり、素肌にて、たゝかひしものをきかず、是右所謂人力を尽せるなり、かく用意しても、あるひは、矢にあたり、劒にふれて死せるは、命なり、運つきざるうちは、矢砲の間にまじはり居ても、あたらざるなり、たとひあたりて死するとも、かねて君に献じ置る身なれば、わたくしにおしむべけんや、臆病なるものは、矢砲をおそるゝはいまだし、雷霆にだもおそるゝあり、運つきて撃るゝにおよばゞ、にげたりとも、避くべからず、怯弱もつとも笑ふべし、

書き下し

一命は天にありといふ事を、あやまりおぼえて、こゝろまゝに、身をもつは、非なり、命は天にありといへども、其命をなすことは、己にあり、(命は天に有れども、しかもわが身にあるなり、これを運といふ、天命人運、合して一なり、)たとへば、百歳存命のうまれつきなりとも、水におぼれ死し、火になげいれば、やけ死すべし、水火にふれ、死して後命なりといふは、命をしらざるなり、燈火を密室におかば、きゆべからざるを、風前に置で消しむるに似たり、人力をつくすといへども、のがれ得ざるところ、則命なり、人力をつくさずして、死にいたるは、非命なり、そのかみ大剛の勇士おほしといへども、敵に對するには、鎧を着し、楯をつきて、矢砲をふせげり、素肌にて、たゝかひしものをきかず、是右所謂人力を盡せるなり、かく用意しても、あるひは、矢にあたり、劒にふれて死せるは、命なり、運つきざるうちは、矢砲の間にまじはり居ても、あたらざるなり、たとひあたりて死するとも、かねて君に獻じ置る身なれば、わたくしにおしむべけんや、臆病なるものは、矢砲をおそるゝはいまだし、雷霆にだもおそるゝあり、運つきて擊るゝにおよばゞ、にげたりとも、避くべからず、怯弱もつとも笑ふべし、

現代語訳

命は天にあるということを誤って覚え、心のままに身を持つのは間違いです。命は天にあるとはいっても、その命をなすことは自分にあります。(命は天にあるけれども、しかも我が身にあるのです。これを運といいます。天命と人運は合わせて一つです。)たとえば、百歳まで生きる生まれつきであっても、水におぼれれば死に、火に投げ入れれば焼け死にます。水や火にふれて死んでから、命だと言うのは、命を知らないのです。燈火を密室に置けば消えないはずなのに、風の前に置いて消してしまうのに似ています。人力を尽くしてもなお逃れられないところ、それが命です。人力を尽くさずに死に至るのは、非命です。昔、大剛の勇士は多かったけれども、敵に対するには鎧を着て、楯を突き、矢や砲を防ぎました。素肌で戦った者は聞いたことがありません。これは右に言う、人力を尽くしたことです。このように用意しても、矢に当たり剣にふれて死ぬのは命です。運が尽きないうちは、矢や砲の間にいても当たらないのです。たとえ当たって死んでも、あらかじめ主君に献じておいた身なのだから、私に惜しむべきでしょうか。臆病な者は、矢や砲を恐れるのはまだしも、雷にさえ恐れる者がいます。運が尽きて打たれるなら、逃げても避けられません。怯弱はもっとも笑うべきです。

解説

この章句は、命は天にあるといっても、人としてできる備えを尽くしたうえで受け入れるのが命であり、備えを怠って死ぬのは非命だと説きます。安全対策を怠った事故を運命のせいにしないという点は、現代の職場でも通用する考え方です。後半の、主君に身を献じているから惜しむべきでないという言い方は、当時の主従関係の文脈として読み、現代では責任感と覚悟の話に置き換えて受け取るのがよいでしょう。管理職として、できる準備と点検を尽くし、そのうえで結果を受け止める姿勢を保ちたいものです。

この章句が説くこと

『和俗男子訓』井沢蟠竜命は天にあり人力を尽くす運非命

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