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和俗男子訓 / 巻一・学者くささを戒め和して流れず

一二條良基公は上﨟の上﨟しきと、未醬のみそくさきは、下品なりと、のたまへりとあり、今思ふに、上﨟の上﨟しきも、みそのみそくさきも、なほ堪べし、學者の學者くさきにいたりては、堪べからず、およそ學問するは、心を正しくし、身を修めんためなるに、おのが才德なきことをはぢず、みだりに高ぶり、學友の外は、えらびてまじはらず、無學の人をみくだし、あやまちをそしり、つたなきを笑ひ、高上なるとばをはきて、俗情に戻る、にくさげにかたはらいたし、書を讀でかくあらんよりは、かねてよまざるが、大にまされり、ねがはくは、書を讀る者に對するには、書をもつてし、書を讀ざる者に對するには、書に及ぶことなかれ、常にふかくたしなみて、かれは書を讀りときゝしが、左なきやらんと、見ゆるほどにすべし、しかれども、和して流せぬこゝろづかひを、肝要にすべし、一我朝と、もろこしと、水土はるかに異なり、しかるを、もろこしの敵のみをもつて、我朝におこなはんとするは、もとれり、神道と儒敎とをあはせて、時宜にしたがふべし、ある人の歌に「何ども時ぞと思ひ夏來ては錦にまさる麻のさごろも」とよめり、此心をあぢはふべし、一德をおさめ、義をおこなふより外は、皆天にまかせて、心をなやますべからず、命をしらざるものは、此うれひつねにあり、

新字:一二条良基公は上﨟の上﨟しきと、未醬のみそくさきは、下品なりと、のたまへりとあり、今思ふに、上﨟の上﨟しきも、みそのみそくさきも、なほ堪べし、学者の学者くさきにいたりては、堪べからず、およそ学問するは、心を正しくし、身を修めんためなるに、おのが才徳なきことをはぢず、みだりに高ぶり、学友の外は、えらびてまじはらず、無学の人をみくだし、あやまちをそしり、つたなきを笑ひ、高上なるとばをはきて、俗情に戻る、にくさげにかたはらいたし、書を読でかくあらんよりは、かねてよまざるが、大にまされり、ねがはくは、書を読る者に対するには、書をもつてし、書を読ざる者に対するには、書に及ぶことなかれ、常にふかくたしなみて、かれは書を読りときゝしが、左なきやらんと、見ゆるほどにすべし、しかれども、和して流せぬこゝろづかひを、肝要にすべし、一我朝と、もろこしと、水土はるかに異なり、しかるを、もろこしの敵のみをもつて、我朝におこなはんとするは、もとれり、神道と儒教とをあはせて、時宜にしたがふべし、ある人の歌に「何ども時ぞと思ひ夏来ては錦にまさる麻のさごろも」とよめり、此心をあぢはふべし、一徳をおさめ、義をおこなふより外は、皆天にまかせて、心をなやますべからず、命をしらざるものは、此うれひつねにあり、

書き下し

一二條良基公は上﨟の上﨟しきと、未醬のみそくさきは、下品なりと、のたまへりとあり、今思ふに、上﨟の上﨟しきも、みそのみそくさきも、なほ堪べし、學者の學者くさきにいたりては、堪べからず、およそ學問するは、心を正しくし、身を修めんためなるに、おのが才德なきことをはぢず、みだりに高ぶり、學友の外は、えらびてまじはらず、無學の人をみくだし、あやまちをそしり、つたなきを笑ひ、高上なるとばをはきて、俗情に戻る、にくさげにかたはらいたし、書を讀でかくあらんよりは、かねてよまざるが、大にまされり、ねがはくは、書を讀る者に對するには、書をもつてし、書を讀ざる者に對するには、書に及ぶことなかれ、常にふかくたしなみて、かれは書を讀りときゝしが、左なきやらんと、見ゆるほどにすべし、しかれども、和して流せぬこゝろづかひを、肝要にすべし、一我朝と、もろこしと、水土はるかに異なり、しかるを、もろこしの敵のみをもつて、我朝におこなはんとするは、もとれり、神道と儒敎とをあはせて、時宜にしたがふべし、ある人の歌に「何ども時ぞと思ひ夏來ては錦にまさる麻のさごろも」とよめり、此心をあぢはふべし、一德をおさめ、義をおこなふより外は、皆天にまかせて、心をなやますべからず、命をしらざるものは、此うれひつねにあり、

現代語訳

二条良基公は、上臈の上臈らしいのと、味噌屋の味噌くさいのは下品だ、とおっしゃった、とあります。今思うに、上臈の上臈らしいのも、味噌の味噌くさいのも、まだ耐えられます。学者の学者くさいのに至っては、耐えられません。およそ学問をするのは、心を正しくし、身を修めるためなのに、自分に才徳がないことを恥じず、みだりに高ぶり、学友のほかは選んで交際せず、学のない人を見下し、過ちをそしり、拙さを笑い、高尚な言葉を吐いて俗情に背き、憎らしく見苦しいものです。書を読んでこうなるくらいなら、あらかじめ読まないほうがはるかによいでしょう。願わくは、書を読む者に対しては書を用い、書を読まない者に対しては書に触れないようにしなさい。常に深くたしなんで、あの人は書を読んだと聞いたが、そうでもないのだろうか、と見えるほどにすべきです。しかし、和して流されない心づかいを肝要にしなさい。我が国と中国は風土がはるかに異なります。それなのに中国の方法だけを我が国で行おうとするのは、道理に背きます。神道と儒教を合わせて、時宜に従うべきです。ある人の歌に、「何ども時ぞと思ひ夏來ては錦にまさる麻のさごろも」とあります。この心を味わうべきです。徳を修め義を行うこと以外は、すべて天にまかせて、心を悩ませてはいけません。命を知らない者は、この憂いが常にあります。

解説

この章句は、知識を誇って人を見下す学者くささを強く戒め、学んでもそれをひけらかさず、和して流されない心づかいを説いています。外国の方法をそのまま持ち込まず、神道と儒教を合わせて時宜に従うという主張も見られます。現代の管理職にとっては、知識や肩書で部下を圧倒するのではなく、相手に合わせた言葉で語り、他社や他国の成功事例も自社の事情に合わせて取り入れる姿勢が重要です。自分の努めるべきことに集中し、あとは結果を過度に悩まないという切り分けも大切です。

この章句が説くこと

『和俗男子訓』井沢蟠竜学者くさい和して流れず二条良基神道と儒教

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