和俗男子訓 / 巻一・勢に乗っても驕らず常に新参の心
一臣事一君、婦事一夫、と、定れる法なり、白樂天が語に、人生勿作婦人身、百年苦樂因他人、といへり、豈それ婦人のみならんや、臣の君にをけるもまた同じ、臣の一君を頼み、婦の一夫を頼みて、身を終るをおもふに、其こゝろもつともあはれむべし、一勢に乘るとも、心をひそめて、ほこることなかれ、古人も、人世を弓を張にたとふ、滿をすぐれば、折といへり、古語に瓜熟蒂落、福過災生、とも見えたり、和歌に「おもへたゞみつればやがてかく月のいざよふ空や人の世の中」とよめり、一源義經の郎等、佐藤繼信が、能登守敎經の箭にあたりて、死しける時、義經愛馬を、送葬にひかせられしかば、諸士これをみて、此君の爲に、命を捨んと、風塵よりも輕しと思へり、一匹の馬をもつて、萬卒の心をなびかせり、末世の將たる人、士をつかふに、此心あるべし、一俗の諺に、毎も新參といふとあり、王渙之曰、仕官常以其不遇處之、則無事也と、右の諺にひとし、君につかふるものは、つねに新參のごとくにおもひて、たとひ遇するとも、不遇の心をもつて、身をつゝしまば、生涯まつたかるべし、なれて、こゝろやすく思ふより、はからざるのあやまち出來るなり、
新字:一臣事一君、婦事一夫、と、定れる法なり、白楽天が語に、人生勿作婦人身、百年苦楽因他人、といへり、豈それ婦人のみならんや、臣の君にをけるもまた同じ、臣の一君を頼み、婦の一夫を頼みて、身を終るをおもふに、其こゝろもつともあはれむべし、一勢に乗るとも、心をひそめて、ほこることなかれ、古人も、人世を弓を張にたとふ、満をすぐれば、折といへり、古語に瓜熟蒂落、福過災生、とも見えたり、和歌に「おもへたゞみつればやがてかく月のいざよふ空や人の世の中」とよめり、一源義経の郎等、佐藤継信が、能登守教経の箭にあたりて、死しける時、義経愛馬を、送葬にひかせられしかば、諸士これをみて、此君の為に、命を捨んと、風塵よりも軽しと思へり、一匹の馬をもつて、万卒の心をなびかせり、末世の将たる人、士をつかふに、此心あるべし、一俗の諺に、毎も新参といふとあり、王渙之曰、仕官常以其不遇処之、則無事也と、右の諺にひとし、君につかふるものは、つねに新参のごとくにおもひて、たとひ遇するとも、不遇の心をもつて、身をつゝしまば、生涯まつたかるべし、なれて、こゝろやすく思ふより、はからざるのあやまち出来るなり、
書き下し
一臣事一君、婦事一夫、と、定れる法なり、白樂天が語に、人生勿作婦人身、百年苦樂因他人、といへり、豈それ婦人のみならんや、臣の君にをけるもまた同じ、臣の一君を頼み、婦の一夫を頼みて、身を終るをおもふに、其こゝろもつともあはれむべし、一勢に乘るとも、心をひそめて、ほこることなかれ、古人も、人世を弓を張にたとふ、滿をすぐれば、折といへり、古語に瓜熟蒂落、福過災生、とも見えたり、和歌に「おもへたゞみつればやがてかく月のいざよふ空や人の世の中」とよめり、一源義經の郎等、佐藤繼信が、能登守敎經の箭にあたりて、死しける時、義經愛馬を、送葬にひかせられしかば、諸士これをみて、此君の爲に、命を捨んと、風塵よりも輕しと思へり、一匹の馬をもつて、萬卒の心をなびかせり、末世の將たる人、士をつかふに、此心あるべし、一俗の諺に、毎も新參といふとあり、王渙之曰、仕官常以其不遇處之、則無事也と、右の諺にひとし、君につかふるものは、つねに新參のごとくにおもひて、たとひ遇するとも、不遇の心をもつて、身をつゝしまば、生涯まつたかるべし、なれて、こゝろやすく思ふより、はからざるのあやまち出來るなり、
現代語訳
臣は一人の君に仕え、婦は一人の夫に仕える、というのは定まった法です。白楽天の言葉に、人生は婦人の身となることなかれ、百年の苦楽は他人による、とあります。これはどうして婦人だけのことでしょうか。臣の君におけるのもまた同じです。臣が一君を頼み、婦が一夫を頼んで一生を終えることを思えば、その心はまことに哀れむべきものです。勢いに乗っていても、心を潜めて誇ってはいけません。古人も、人の世を弓を張ることにたとえ、満ちすぎれば折れる、と言いました。古語にも、瓜が熟すればへたが落ち、福が過ぎれば災いが生じる、とあります。和歌に、「おもへたゞみつればやがてかく月のいざよふ空や人の世の中」とあります。源義経の郎等、佐藤継信が、能登守教経の矢に当たって死んだとき、義経は愛馬を葬送に引かせました。諸士はこれを見て、この君のために命を捨てるのは、風塵よりも軽いと思いました。一匹の馬で、万卒の心をなびかせたのです。末世の将たる人が士を使うときは、この心があるべきです。俗の諺に、毎も新参、というのがあるとあります。王渙之が言うには、仕官は常に不遇のときの心で処すれば無事である、と。右の諺と同じです。君に仕える者は、常に新参のように思い、たとえ厚遇されても不遇の心で身を慎めば、生涯を全うできるでしょう。慣れて気を許すところから、思いがけない過ちが出てくるのです。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『和俗男子訓』・巻一・権門に媚びぬ心と養子への道一許棐氏云、妬寵而恃勢、爭妍而取憐、此妾婦之道也、近世士大夫、見權勢之人、爭相趨、附媚之、惟恐後、得一美言、則喜溢於色、稍見抑之、則局脊不自安、又何異于妾婦之道也、夫壽夭窮通、天之命也、彼固有權勢、亦不能外於天、而壽夭窮通於我也、諂々然而諛之、恐々然以附之、亦可愧也夫、此說のごとく、權門勢家におもねり媚て、其口入によつて、身を立んとをはかるもの、古今すくなしとせず、たとひ如斯にして、富を得ることありとも、玄蟬すら饑ても、蟭螟の飽を羨ずといへり、況や人として、蟲にだもしかざるべけんや、一唐の則天武后疾ありしとき、閣朝隱といふ者、身をもつて、犧にかへて、これを祈る、程なく后の疾癒たり、しかりしよりのゝち、閣朝隱が爲人を、いやしみそしることあり、此ときすでに、世くだり、俗おとろえぬれども、阿諛の心をにくめると、殊勝なりといふべし、一世間に子を養へるのゝち、實子出來ぬれば、たちまちに、心をひるがへして、養子に、あらぬ難をつけて、もどす者あり、不仁の甚しき、言語に堪たり、若し養子して、其者あしくば、天より我家をほろぼし給ふと思ひて、一生を終べし、
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