和俗男子訓 / 巻一・苦い良薬と時を惜しむ心
一人はたゞつとめて、己がいやなることをなして、心よきことを好むべからず、書を讀み理をきはむるは、快ざれども、良藥の口ににがくして、疾を治するがごとし、色にすさみ味にふけるは、快けれども、鴆毒の口にあまくして、身をほろぼすがごとし、古き歌に「ちはやふる神の見るめもいかならん身を思ふとて身をやすつべき」とよめり、(此歌趣意異なれども、下の句をとれり、なぞらへ見るべし、)一古人も、時を偸むの損は、財を偸るゝよりもはなはだし、財は、ふたたびつむことあらとも、時はふたゝび得べからずといへり、官務のいとまあらんには、寸陰をおしみて、書を讀藝を講ずべし、若今日は、かゝるさはりあり、明日よりなど思ふこゝろ出來ば、大敵內におこると知て、みづからいましめこらすべし、一俗間書をよめば、病身になり、異風になるといふもの多し、是一偏の論なり、尤も書を讀ものゝ中にも、病者になり、異風になるも有べし、是書の害にはあらずして、人の罪なり、たま〱かゝるたぐひありとて、すべて書を讀むとを忌は、たとへば、飲食して饐死せる者ありとて、天下の食を禁じ、船に乘て死せしものありとて、天下の船を禁ずるがごとし、愚にあらざれば惑へり、
新字:一人はたゞつとめて、己がいやなることをなして、心よきことを好むべからず、書を読み理をきはむるは、快ざれども、良薬の口ににがくして、疾を治するがごとし、色にすさみ味にふけるは、快けれども、鴆毒の口にあまくして、身をほろぼすがごとし、古き歌に「ちはやふる神の見るめもいかならん身を思ふとて身をやすつべき」とよめり、(此歌趣意異なれども、下の句をとれり、なぞらへ見るべし、)一古人も、時を偸むの損は、財を偸るゝよりもはなはだし、財は、ふたたびつむことあらとも、時はふたゝび得べからずといへり、官務のいとまあらんには、寸陰をおしみて、書を読芸を講ずべし、若今日は、かゝるさはりあり、明日よりなど思ふこゝろ出来ば、大敵内におこると知て、みづからいましめこらすべし、一俗間書をよめば、病身になり、異風になるといふもの多し、是一偏の論なり、尤も書を読ものゝ中にも、病者になり、異風になるも有べし、是書の害にはあらずして、人の罪なり、たま〱かゝるたぐひありとて、すべて書を読むとを忌は、たとへば、飲食して饐死せる者ありとて、天下の食を禁じ、船に乗て死せしものありとて、天下の船を禁ずるがごとし、愚にあらざれば惑へり、
書き下し
一人はたゞつとめて、己がいやなることをなして、心よきことを好むべからず、書を讀み理をきはむるは、快ざれども、良藥の口ににがくして、疾を治するがごとし、色にすさみ味にふけるは、快けれども、鴆毒の口にあまくして、身をほろぼすがごとし、古き歌に「ちはやふる神の見るめもいかならん身を思ふとて身をやすつべき」とよめり、(此歌趣意異なれども、下の句をとれり、なぞらへ見るべし、)一古人も、時を偸むの損は、財を偸るゝよりもはなはだし、財は、ふたたびつむことあらとも、時はふたゝび得べからずといへり、官務のいとまあらんには、寸陰をおしみて、書を讀藝を講ずべし、若今日は、かゝるさはりあり、明日よりなど思ふこゝろ出來ば、大敵內におこると知て、みづからいましめこらすべし、一俗間書をよめば、病身になり、異風になるといふもの多し、是一偏の論なり、尤も書を讀ものゝ中にも、病者になり、異風になるも有べし、是書の害にはあらずして、人の罪なり、たま〱かゝるたぐひありとて、すべて書を讀むとを忌は、たとへば、飲食して饐死せる者ありとて、天下の食を禁じ、船に乘て死せしものありとて、天下の船を禁ずるがごとし、愚にあらざれば惑へり、
現代語訳
人はただ努めて、自分がいやだと思うことを行い、心地よいことを好んではいけません。書を読んで理を究めることは、快くはありませんが、良薬が口に苦くて病を治すようなものです。色や味にふけることは、快くはありますが、鴆毒が口に甘くて身を滅ぼすようなものです。古い歌に、「ちはやふる神の見るめもいかならん身を思ふとて身をやすつべき」とあります。(この歌は趣意が異なりますが、下の句を取ったのです。なぞらえて見るべきです。)古人も、時を盗む損は財を盗まれるよりもはなはだしい、財は再び積むことがあっても、時は再び得られない、と言いました。公務の暇があるなら、わずかな時間も惜しんで書を読み芸を学ぶべきです。もし今日はこのような障りがある、明日からと思う心が出てきたら、大敵が内に起こったと知って、自ら戒め懲らすべきです。世間では、書を読むと病身になり、風変わりになると言う人が多いのですが、これは一方に偏った論です。確かに書を読む者の中にも、病者になり、風変わりになる者はいるでしょう。しかしこれは書の害ではなく、その人の罪です。たまたまそのような例があるからといって、すべて書を読むことを忌むのは、飲食して食べ物が詰まって死んだ者がいるからと天下の食を禁じ、船に乗って死んだ者がいるからと天下の船を禁じるようなものです。愚かでなければ惑っているのです。
解説
この章句が説くこと
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