孟子 / 告子章句上
孟子曰、人之於身也、兼所愛。兼所愛、則兼所養也。無尺寸之膚不愛焉、則無尺寸之膚不養也。所以考其善不善者、豈有他哉。於己取之而已矣。體有貴賤、有小大。無以小害大、無以賤害貴。養其小者為小人、養其大者為大人。今有場師。舍其梧檟、養其樲棘、則為賤場師焉。養其一指、而失其肩背而不知也、則為狼疾人也。飲食之人、則人賤之矣。為其養小以失大也。飲食之人無有失也、則口腹豈適為尺寸之膚哉。
新字:孟子曰、人之於身也、兼所愛。兼所愛、則兼所養也。無尺寸之膚不愛焉、則無尺寸之膚不養也。所以考其善不善者、豈有他哉。於己取之而已矣。体有貴賤、有小大。無以小害大、無以賤害貴。養其小者為小人、養其大者為大人。今有場師。舎其梧檟、養其樲棘、則為賤場師焉。養其一指、而失其肩背而不知也、則為狼疾人也。飲食之人、則人賤之矣。為其養小以失大也。飲食之人無有失也、則口腹豈適為尺寸之膚哉。
書き下し
孟子曰く、「人の身に於けるや、愛する所を兼ぬ。愛する所を兼ぬれば、則ち養う所を兼ぬ。無尺寸の膚も愛せざること無ければ、則ち尺寸の膚も養わざること無きなり。其の善不善を考うる所以の者は、豈に他有らんや。己に於て之を取るのみ。體に貴賤有り、小大有り。小を以て大を害すること無く、賤を以て貴を害すること無かれ。其の小を養う者は小人為り、其の大を養う者は大人為り。今場師有り。其の梧檟(ゴ・カ)を舎てて、其の樲棘(ジ・キョク)を養わば、則ち賤場師と為さん。其の一指を養いて、而も其の肩背を失いて知らざれば、則ち狼疾人と為さん。飲食の人は、則ち人之を賤む。其の小を養いて以て大を失うが為なり。飲食の人も失うこと有る無ければ、則ち口腹豈に適だ尺寸の膚の為のみならんや。」
現代語訳
孟子は言う。 「人は自分の体のあらゆる部分を愛する。あらゆる部分を愛するから、あらゆる部分を大切に養う。一尺一寸の皮膚でも愛さぬことはないので、一尺一寸の皮膚でも大切に養う。だがその養い方の良し悪しを判断する方法は、ほかにあるわけではない。その養い方が、自分の体にとっての良し悪しを判断するだけである。そもそも人の体には、尊い部分と卑しい部分とがあり、つまらぬ部分と大切な部分とが有る。つまらぬ部分を重んじて、大切な部分を損なうことなく、賤しい部分を重んじて、尊い部分を損なうようなことをすべきでない。つまらぬ部分を養うことばかり考えていては、結局つまらぬ人間になってしまう。それに対して大切なものを養うことに務めるものは、大人となるのだ。今、かりに植木屋がいたとして、桐や梓を棄ておいて、バラやイバラばかりを育てていたら、それは未熟な植木屋と言われるだろう。指一本の病気ばかりに気を取られて、肩や背中の病に気づかない医者は、藪医者と言われるだろう。飲食の事ばかり考えている人は、世間から軽蔑されるだろう。それは飲食という小さなものに気を取られて、より大きなものを見失っているからだ。しかし飲食を重んじる人も、より大切なことがあることを忘れさえしなければ、口腹の養いは一尺一寸の皮膚を養うだけにとどまらない。」
解説
この章句が説くこと
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