説苑 / 說叢
已雕已琢,還反於樸,物之相反,復歸於本。循流而下,易以至;倍風而馳,易以遠。兵不豫定,無以待敵;計不先慮,無以應卒。中不方,名不章,外不圜,禍之門。直而不能枉,不可與大任;方而不能圜,不可與長存。慎之於身,無曰云云,狂夫之言,聖人擇焉。能忍恥者安,能忍辱者存,脣亡而齒寒,河水崩,其懷在山。毒智者莫甚於酒,留事者莫甚於樂,毀廉者莫甚於色,摧剛者反己於弱。富在知足,貴在求退,先憂事者後樂,先傲事者後憂。福在受諫,存之所由也。恭敬遜讓,精廉無謗,慈仁愛人,必受其賞,諫之不聽,後無與爭,舉事不當,為百姓謗,悔在於妄,患在於先唱。
新字:已雕已琢,還反於樸,物之相反,復帰於本。循流而下,易以至;倍風而馳,易以遠。兵不予定,無以待敵;計不先慮,無以応卒。中不方,名不章,外不圜,禍之門。直而不能枉,不可与大任;方而不能圜,不可与長存。慎之於身,無曰云云,狂夫之言,聖人択焉。能忍恥者安,能忍辱者存,脣亡而歯寒,河水崩,其懐在山。毒智者莫甚於酒,留事者莫甚於楽,毀廉者莫甚於色,摧剛者反己於弱。富在知足,貴在求退,先憂事者後楽,先傲事者後憂。福在受諫,存之所由也。恭敬遜譲,精廉無謗,慈仁愛人,必受其賞,諫之不聴,後無与争,舉事不当,為百姓謗,悔在於妄,患在於先唱。
書き下し
已に雕り已に琢けば、還って樸に反る。物の相反する、復た本に歸る。流れに循いて下れば、以て至り易く、風に倍きて馳すれば、以て遠ざかり易し。兵豫め定めざれば、以て敵を待つこと無く、計先んじて慮らざれば、以て卒に應ずること無し。中方ならず、名章らかならず、外圜ならざる、禍の門なり。直にして枉ぐる能わざれば、與に大任すべからず。方にして圜する能わざれば、與に長存すべからず。之を身に慎み、云云と曰う無かれ。狂夫の言も、聖人擇ぶ。能く恥を忍ぶ者は安く、能く辱を忍ぶ者は存す。脣亡びて齒寒く、河水崩るるも、其の懷は山に在り。智を毒する者は酒より甚だしきは莫く、事を留むる者は樂より甚だしきは莫く、廉を毀る者は色より甚だしきは莫く、剛を摧く者は己を弱に反す。富は足るを知るに在り、貴は退くを求むるに在り。先んじて事を憂うる者は後に樂しみ、先んじて事を傲る者は後に憂う。福は諫を受くるに在り、存する所以なり。恭敬遜讓、精廉謗無く、慈仁人を愛せば、必ず其の賞を受く。諫めて聽かれざれば、後與に爭う無し。事を舉げて當たらざれば、百姓の為に謗らる。悔いは妄に在り、患いは先唱に在り。
現代語訳
すでに彫り、すでに磨き終えたものは、かえって素朴な状態に戻る。物事は相反しながらも、結局は根本に立ち返るものである。流れに従って川を下れば容易に目的地へ至り、風に逆らって走れば容易に遠ざかってしまう(=無理な逆行は遠回りになる)。兵は前もって備えを定めておかなければ、敵を迎え撃つことができない。計画を先んじて練っておかなければ、突発事態に対応することができない。心の内側が正しくなければ、名声も明らかにならず、外面も丸くおさまらない。それこそが禍いの入り口である。まっすぐでありながら曲げることができない者には、大きな任務を任せることはできない。四角でありながら丸くなることができない(=融通が利かない)者は、長く存続することができない。自らの身を慎み、あれこれと余計なことを言ってはならない。たとえ狂人の言葉であっても、聖人はその中から取るべきものを選び取る。恥を耐え忍ぶことができる者は安泰であり、辱めを耐え忍ぶことができる者は生き残る。唇がなくなれば歯が寒くなるように、物事は互いに依存し合っている。河の水が崩れ流れても、その源への思いは山にある。知恵を毒するものは酒に勝るものはなく、物事を停滞させるものは音楽や快楽に勝るものはなく、清廉を損なうものは色情に勝るものはなく、剛強さを打ち砕くものは自らを弱さへと転じさせる。富は満足を知ることにあり、尊貴は退くことを求めることにある。先に事を憂える者は後で楽しむことができ、先に事を驕り高ぶる者は後で憂えることになる。幸福は諫言を受け入れることにあり、それが身を保つ理由である。恭しく謙り譲り、清廉で誹りがなく、慈しみ深く人を愛すれば、必ずその報いを受ける。諫言をしても聞き入れられなければ、その後は無理に争わない。事を行って的を外せば、民衆から非難される。後悔は軽率な行いにあり、患いは先んじて事を唱えることにある。
解説

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