伝習録 / 黄以方録
鄒謙之嘗語德洪曰:「舒國裳曾持一張紙,請先生寫『拱把之恫梓』一章。先生懸筆為書,到『至於身而不知所以養之者』,顧而笑曰:『國裳讀書,中過狀元來,豈誠不知身之所以當養?還須誦此以求警?』一時在侍諸友皆惕然。」
新字:鄒謙之嘗語徳洪曰:「舒国裳曽持一張紙,請先生写『拱把之恫梓』一章。先生懸筆為書,到『至於身而不知所以養之者』,顧而笑曰:『国裳読書,中過状元来,豈誠不知身之所以当養?還須誦此以求警?』一時在侍諸友皆惕然。」
書き下し
鄒謙之、嘗て徳洪に語りて曰く、「舒国裳、曾て一張の紙を持ち、先生に『拱把の桐梓』の一章を写さんことを請う。先生、筆を懸けて書を為す。『身に至りて之を養う所以を知らざる者』に到り、顧みて笑いて曰く、『国裳、書を読み、中ごろ状元を過ぎ来たる。豈に誠に身の当に養うべき所以を知らざらんや。還た須らく此を誦して以て警を求むべきか』と。一時、侍に在る諸友、皆な惕然たり」と。
現代語訳
鄒謙之がかつて徳洪に語った。「舒国裳が一枚の紙を持って、先生に『拱把の桐梓』の一章を書いてほしいと請うた。先生は筆を執って書かれた。『自分の身に至って、養う方法を知らない者』の所まで来て、顧みて笑って言われた。『国裳は書を読み、状元にまでなった人だ。まさか本当に、身をどう養うべきか知らないのか。それでも、これを誦して戒めを求める必要があるのか』。その時、侍っていた友人たちはみな、はっとした」。
解説
伝習録の最後の一段です。桐や梓の木は育て方を知っているのに、自分の身の養い方は知らない。科挙の首席になった人でさえ。知識と、自分自身。最後まで、この距離が問われています。
この章句が説くこと
至於身而不知所以養之者