和俗男子訓 / 巻一・五つの幸と求めやすきを求める心
一天地のあいだに生を稟るもの、はかりがたきうちに、人をもつて、長とせり、しかるに其人と生れたること、幸の第一なり、人の中に、男は貴く、女はいやしきに、男とうまれたること、幸の第二なり、男の中にも、士農工商の次第あるに、其首たる士とうまれたること、幸の第三なり、世間には盲も聾もおほきに、嚙人にもならで、恙なく生れそだちたること、幸の第四なり、亂世には、書もなく、師もなきに、治世にうまれて、書も多く、師もとぼしからず、幸の第五なり、かくあまたの幸を得ながら、なすこともなくて、日をくらすは、寶山に入ながら、手をむなしくするにひとし、古き歌に「人とかくうまれける身のうれしさをいたづらになすわが心かな」とよめり、右の心に、なぞらふべし、一家富位貴きは、もとより天にあれば、もとめがたし、書をよみ、身をおさむるば、人にあれば、もとめやすし、もとめがたきことに、身をくるしめんより、もとめやすきことに、こゝろをたのしむべし、
新字:一天地のあいだに生を稟るもの、はかりがたきうちに、人をもつて、長とせり、しかるに其人と生れたること、幸の第一なり、人の中に、男は貴く、女はいやしきに、男とうまれたること、幸の第二なり、男の中にも、士農工商の次第あるに、其首たる士とうまれたること、幸の第三なり、世間には盲も聾もおほきに、噛人にもならで、恙なく生れそだちたること、幸の第四なり、乱世には、書もなく、師もなきに、治世にうまれて、書も多く、師もとぼしからず、幸の第五なり、かくあまたの幸を得ながら、なすこともなくて、日をくらすは、宝山に入ながら、手をむなしくするにひとし、古き歌に「人とかくうまれける身のうれしさをいたづらになすわが心かな」とよめり、右の心に、なぞらふべし、一家富位貴きは、もとより天にあれば、もとめがたし、書をよみ、身をおさむるば、人にあれば、もとめやすし、もとめがたきことに、身をくるしめんより、もとめやすきことに、こゝろをたのしむべし、
書き下し
一天地のあいだに生を稟るもの、はかりがたきうちに、人をもつて、長とせり、しかるに其人と生れたること、幸の第一なり、人の中に、男は貴く、女はいやしきに、男とうまれたること、幸の第二なり、男の中にも、士農工商の次第あるに、其首たる士とうまれたること、幸の第三なり、世間には盲も聾もおほきに、嚙人にもならで、恙なく生れそだちたること、幸の第四なり、亂世には、書もなく、師もなきに、治世にうまれて、書も多く、師もとぼしからず、幸の第五なり、かくあまたの幸を得ながら、なすこともなくて、日をくらすは、寶山に入ながら、手をむなしくするにひとし、古き歌に「人とかくうまれける身のうれしさをいたづらになすわが心かな」とよめり、右の心に、なぞらふべし、一家富位貴きは、もとより天にあれば、もとめがたし、書をよみ、身をおさむるば、人にあれば、もとめやすし、もとめがたきことに、身をくるしめんより、もとめやすきことに、こゝろをたのしむべし、
現代語訳
天地の間に生を受けるものは数知れない中で、人をもって長としています。その人として生まれたことが、幸いの第一です。人の中で男は貴く女は卑しいとされる中で、男として生まれたことが、幸いの第二です。男の中にも士農工商の順序がある中で、その首である士として生まれたことが、幸いの第三です。世間には盲人や聾者も多い中で、病や障りもなく無事に生まれ育ったことが、幸いの第四です。乱世には書もなく師もないのに、治世に生まれて、書も多く、師にも不足しないことが、幸いの第五です。このようにあまたの幸いを得ながら、何もせず日を暮らすのは、宝の山に入りながら手を空しくして帰るようなものです。古い歌に、「人とかくうまれける身のうれしさをいたづらになすわが心かな」とあります。この心になぞらえるべきです。家が富み位が高いことは、もとより天にあるので求めがたいものです。書を読み身を修めることは、人にあるので求めやすいものです。求めがたいことで身を苦しめるより、求めやすいことで心を楽しむべきです。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『大和俗訓』巻之一・為学上一天地の中に万物あり。万物の内、人ばかりたふとき物なし。かるがゆゑに万物の霊といふ。其霊たるゆゑに、心に五性あり、身に五倫あり、目に五色をわかち、口に五味をおぼえ、耳に五音をわきまへ、鼻に五臭を知る。鳥けだものには、此あまたの事一もなし。人となりて、かかるたふとき身を得たる事、まことに天地の間の大なる幸を得たるなり。しかるに人となれる道を知らず、禽獣に近くして、空しく此世を過し、人と生れたる身をいたづらになす事、くやしからずや。
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『和俗男子訓』・巻二・恩・言葉・芸・備え、日ごろの心得一人に恩をほどこし、恩をしらず、報をなさずと、そしるは、非なり、むくゐをのぞむ程ならば、かねてより、恩ほどこし、物をおくらざるがまされり、むくひんと思ふこゝろなき人は、いやし、とがは、かれにあつて、みづからに、あづからざるなり、一よろこびあるとき、憂あるときに、とばをつゝしむべし、おぼえずして、とばを過すなり、よろこびも、うれえも、程すぎぬれば、其時のごとくにはあらず、こゝにおいて、約にそむき、とばをたがへて、後悔するなり、古き歌に「うれしきもかなしきとも過ぬれば其時ほどは思はざりけり」とよめるごとし、一藝あるものは、おほくは癖あり、其癖をすてゝ、藝をとるべし、長きところを用ひずして、短きところをそしるは、藝を好まざればなり、たま〱藝ありて、癖なく、人品よきと、いはるゝものを、見るに、過半は、其藝下手なり、人と、藝と、兼備へたるは、稀なりといへり、一當分いらざる事なりとも、もしかゝる事もあらん時は、いかにすべきやと、思慮をめぐらし、わきまへがたきことをば、同志と共に、吟味して居るべし、かゝれば、事にのぞめるとき、うたがふこゝろなくして、やすらかなり、
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『大和俗訓』巻之一・為学上一万物の内、人と生るる事甚かたし。如何となれば、鳥獣虫魚は年々に多く生る事、其数かぎりなし。人の数は、鳥獣虫魚の万が一もなくして、きはめて少なし。其上、人は万物にすぐれて、天地のめぐみをうくること厚し。かく貴き人身なれば、万物の内、人と生るる事、きはめてかたき事なるを、幸に人と生れたる我が身を持ちながら、学ばずして天地の道にそむき、人の道を知らずして行はず、人と斯く生れぬるたのしみを忘れ、いたづらに一生をむなしく過して、鳥獣と同じく生き、身死して後はよき名をのこす事なく、草木と同じく朽ちなん事、豈うらみ多き事ならずや。
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『初学訓』巻之一一天地の生ずる所人を貴とす。是仁義礼智の五常の性をうけて、人倫の道あり。是人の万物にすぐれてたふとき所なり。此五常をうしなふべからず。これを失へば、天地にそむきて人にあらず。そのうへ、人は天地の生ずる五穀のよき味、鳥獣魚介のうまき肉を食ひて身を養ひ、布帛をあたたかに著家に居て、風寒暑湿をふせぎて身をやすんず。衣食家居の養は、父母主君の恩によれりといへども、其本は皆天地の生じ出せるたまものなり。されば、人は、かくのごとく天地のきはまりなき御めぐみを受くること、万物にすぐれたり。かかる大恩をうけて知らざるは、むげにおろかなり。天恩を忘れて、人と斯く生れたる身の貴き理をいたづらになすは、口をし。
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『文武訓』文訓下之末一いとまある人、詩歌のおありて、詠作を好みて、心を楽ましむるはよし。家業いとまなき人の、心をくるしめてつたなき詩歌を多くつくるは益なし。天地の道、人倫の教、万物の理、数千年の人、数千年のこと、まことに天地古今人物、極なき広大の理、広大の事なり。しかるに書をよみ学問する力を以て坐ながらよく知る、其楽大なるかな。豈つとめて書をよみ学ばざるべけんや。是を以て見れば、書を読まざる人は、富貴なりといへども不幸なり。書を多くよむ人は、貧賤なりといへども幸大なり。
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『楽訓』巻之上・総論一あめつちの恵をうけて、生きとし生ける諸きはまりなき内に、人ばかり貴き物なし。如何となれば、人は万物の霊なればなり。されば人と斯く生れきぬる事、いたりて得がたき幸なり。然るに我輩おろかにして、人の道を知らざれば、天地より生れ得たる人の心を失ひ、人の行くべき道をば行かで、行くまじき道に迷ひ、あさゆふ心をくるしめ、其上我が身に私して、人に情なく、おもんぱかり無くて、人のうれひを知らず。いたりて近き父母に事へてだに、其心にかなはず。およその人倫にまじはりて道を失ひ、人と生れたる貴き身をいたづらになし、鳥獣と同じく生き、草木と共に朽ちなんこそ本意なけれ。顔之推が、人身は得がたし、空しく過す事なかれといひけん事、心にとどむべし。

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