和俗男子訓 / 巻一・風雅の応酬に学ぶ文武の道
一むかし二條の三位中將經家のもとに、梅花さかりなりけるに、源三位賴政、其舘の前をすぐるとて、人をよび出して、思の外に參りて侍りと、いひ入けり、是は古き歌に「わがやどの梅のたちえを見るからに思の外に君ぞきませる」とよめる心なり、しかるを、云次の侍、內に入て、源三位殿の申せと侍り、思はざる外にこそ、參て候と申ければ、經家心得ぬやうに、思はれけれども、對面して、かへされけり、後に賴政、事のついでに、かくと語り出て、たがひに笑はれけりとあり、公卿につかはるゝものは、歌の道を心がくべし、武家につかはるゝものは、文武の道を心がくべし、文にも武にもあらず、飽暖逸居して、一生を終るは、武士の號を、ぬすめる人といふべし、
新字:一むかし二条の三位中将経家のもとに、梅花さかりなりけるに、源三位頼政、其舘の前をすぐるとて、人をよび出して、思の外に参りて侍りと、いひ入けり、是は古き歌に「わがやどの梅のたちえを見るからに思の外に君ぞきませる」とよめる心なり、しかるを、云次の侍、内に入て、源三位殿の申せと侍り、思はざる外にこそ、参て候と申ければ、経家心得ぬやうに、思はれけれども、対面して、かへされけり、後に頼政、事のついでに、かくと語り出て、たがひに笑はれけりとあり、公卿につかはるゝものは、歌の道を心がくべし、武家につかはるゝものは、文武の道を心がくべし、文にも武にもあらず、飽暖逸居して、一生を終るは、武士の号を、ぬすめる人といふべし、
書き下し
一むかし二條の三位中將經家のもとに、梅花さかりなりけるに、源三位賴政、其舘の前をすぐるとて、人をよび出して、思の外に參りて侍りと、いひ入けり、是は古き歌に「わがやどの梅のたちえを見るからに思の外に君ぞきませる」とよめる心なり、しかるを、云次の侍、內に入て、源三位殿の申せと侍り、思はざる外にこそ、參て候と申ければ、經家心得ぬやうに、思はれけれども、對面して、かへされけり、後に賴政、事のついでに、かくと語り出て、たがひに笑はれけりとあり、公卿につかはるゝものは、歌の道を心がくべし、武家につかはるゝものは、文武の道を心がくべし、文にも武にもあらず、飽暖逸居して、一生を終るは、武士の號を、ぬすめる人といふべし、
現代語訳
昔、二条の三位中将経家の家で、梅の花が盛りであったときに、源三位頼政がその館の前を通るとて、人を呼び出し、思いのほか参りました、と言い入れさせました。これは古い歌に、「わがやどの梅のたちえを見るからに思の外に君ぞきませる」と詠んだ心によるものです。ところが、取り次ぎの侍は、内に入って、源三位殿が申されました、思いもよらぬところに参って候、と伝えたので、経家は合点がいかないように思われましたが、対面して帰されました。後に頼政が、事のついでに、かくかくであったと語り出し、お互いに笑われた、とあります。公卿に仕える者は、歌の道に心がけるべきです。武家に仕える者は、文武の道に心がけるべきです。文にも武にもよらず、満ち足りて安楽に暮らして一生を終えるのは、武士の名を盗んだ人というべきです。
解説
この章句が説くこと
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