大和俗訓 / 巻之一・為学上
一天地の中に萬物あり。萬物の内、人ばかりたふとき物なし。かるがゆゑに萬物の靈といふ。其靈たるゆゑに、心に五性あり、身に五倫あり、目に五色をわかち、口に五味をおぼえ、耳に五音をわきまへ、鼻に五臭を知る。鳥けだものには、此あまたの事一もなし。人となりて、かゝるたふとき身を得たる事、まことに天地の間の大なる幸を得たるなり。しかるに人となれる道を知らず、禽獸に近くして、空しく此世を過し、人と生れたる身をいたづらになす事、くやしからずや。
新字:一天地の中に万物あり。万物の内、人ばかりたふとき物なし。かるがゆゑに万物の霊といふ。其霊たるゆゑに、心に五性あり、身に五倫あり、目に五色をわかち、口に五味をおぼえ、耳に五音をわきまへ、鼻に五臭を知る。鳥けだものには、此あまたの事一もなし。人となりて、かゝるたふとき身を得たる事、まことに天地の間の大なる幸を得たるなり。しかるに人となれる道を知らず、禽獣に近くして、空しく此世を過し、人と生れたる身をいたづらになす事、くやしからずや。
書き下し
一天地の中に万物あり。万物の内、人ばかりたふとき物なし。かるがゆゑに万物の霊といふ。其霊たるゆゑに、心に五性あり、身に五倫あり、目に五色をわかち、口に五味をおぼえ、耳に五音をわきまへ、鼻に五臭を知る。鳥けだものには、此あまたの事一もなし。人となりて、かかるたふとき身を得たる事、まことに天地の間の大なる幸を得たるなり。しかるに人となれる道を知らず、禽獣に近くして、空しく此世を過し、人と生れたる身をいたづらになす事、くやしからずや。
現代語訳
一、天地の中に万物があります。万物の中で人ほど尊いものはありません。だから万物の霊といいます。霊であるために、心には五つの性があり、身には五倫があり、目は五色を見分け、口は五味を感じ、耳は五音をわきまえ、鼻は五臭を知ります。鳥や獣には、これら多くのことが一つもありません。人となって、このように尊い身を得たことは、まことに天地の間で大きな幸いを得たのです。それなのに人としての道を知らず、禽獣に近いありさまで空しくこの世を過ごし、人と生まれた身を無駄にしてしまうのは、悔しいことではないでしょうか。
解説
この章句が説くこと
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『初学訓』巻之一一天地のうめる所の万物、皆是天地の気をうけたりといへども、其中につきて、人ばかり貴きものなし。いかんとなれば、人は、仁義礼智信の五常の性あり。是、天地の心をうけて、本性とするなり。此身、五倫に交り、生れつきたる五常の本性のままに順へば、五倫の道行はる。是まづ、人の貴き大本なり。其上、目に五色をわかち、耳に五音をわきまへ、口に五味を知り、鼻に五臭をかぐ。書をよみ、古を学んでは、天地人の道をさとり、万物の理に通じ、古今天下のことを知る。是人の万物にすぐれて、いと貴き所なり。故に、尚書に、人は万物の霊といへり。霊とは、すぐれて明かなるたましひあるをいふ。人は、全く天地の御心をうけて心とせり。此故に、其心霊なり。
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『五常訓』巻之一・総論一天地の恵をうけて、わが身に生れつきたる四徳なれば、人の人となれる道理、ここにあり。然るに此道理を知らず、且人欲にくらまされ、是をすてて行はず、天地の徳にそむき、人の道を失ふこと、悲むべし。此四徳を失へば、人と斯く生れたるしるし無く、鳥けだものに同じくして、草木の、天地の恵のままに生長し、枯しほみて人の養となり、妨とならざるには、遥に劣れるぞあさましき。人は万物の霊とて、天地の内にて、いと貴きものなれど、天地の性にそむき、人の道をうしなはば、禽獣に近くて、貴ぶに足らず。是自ら我が身を賤しくもちくだすなり。豈賤しむべき事ならずや。
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『大和俗訓』巻之一・為学上一万物の内、人と生るる事甚かたし。如何となれば、鳥獣虫魚は年々に多く生る事、其数かぎりなし。人の数は、鳥獣虫魚の万が一もなくして、きはめて少なし。其上、人は万物にすぐれて、天地のめぐみをうくること厚し。かく貴き人身なれば、万物の内、人と生るる事、きはめてかたき事なるを、幸に人と生れたる我が身を持ちながら、学ばずして天地の道にそむき、人の道を知らずして行はず、人と斯く生れぬるたのしみを忘れ、いたづらに一生をむなしく過して、鳥獣と同じく生き、身死して後はよき名をのこす事なく、草木と同じく朽ちなん事、豈うらみ多き事ならずや。
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『和俗童子訓』巻之一・総論上一凡人となれるものは、皆天地の徳をうけ、心に仁義礼智信の五性を生れつきたれば、其性のままに随へば、父子、君臣、夫婦、長幼、朋友の五倫の道行はる。是人の万物に勝れて尊き所なり。是を以て、人は万物の霊と云へるなるべし。霊とは、万物に勝れて明なる智あるを云へり。されども、食にあき、衣をあたたかに著、居所を安くするのみにて、人倫の教なければ、人の道を知らず、禽獣に近くして、万物の霊と云へるしるしなし。古の聖人是を憂ひ、師を立て、学び所を立て、天下の人に、幼き時より道を教へ給ひしかば、人の道立ちて、禽獣に近きことを免る。凡人の小なる業も、皆師なく教なくしては、自らは為し難し。況や人の大なる道は、古のさばかり賢き人といへど、学ばずして自らは知り難くて、皆聖人を師として学べり。
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『初学訓』巻之一一天地の生ずる所人を貴とす。是仁義礼智の五常の性をうけて、人倫の道あり。是人の万物にすぐれてたふとき所なり。此五常をうしなふべからず。これを失へば、天地にそむきて人にあらず。そのうへ、人は天地の生ずる五穀のよき味、鳥獣魚介のうまき肉を食ひて身を養ひ、布帛をあたたかに著家に居て、風寒暑湿をふせぎて身をやすんず。衣食家居の養は、父母主君の恩によれりといへども、其本は皆天地の生じ出せるたまものなり。されば、人は、かくのごとく天地のきはまりなき御めぐみを受くること、万物にすぐれたり。かかる大恩をうけて知らざるは、むげにおろかなり。天恩を忘れて、人と斯く生れたる身の貴き理をいたづらになすは、口をし。
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『大和俗訓』巻之一・為学上一天地は万物の父母、人は万物の霊なりと、尚書に聖人説き給へり。言ふ意は、天地は万物をうみ給ふ根本にして、大父母なり。人は天地の正気をうけて生るる故に、万物にすぐれて其心明かにして、五常の性をうけ、天地の心を以て心として、万物の内にて、其品いとたふとければ、万物の霊とはのたまへるなるべし。霊とは心に明なるたましひあるを云ふ。天地は万物をうみ養ひ給ふ中にも、人をあつくあはれみ給ふ事、鳥獣草木にことなり。ここを以て、万物のうちにて、もはら人を以て天地の子とせり。されば人は天を父とし、地を母として、かぎりなき天地の大恩を受けたり。故に常に天地につかへ奉るを以て人の道とす。天地につかへ奉る道はいかんぞや。
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