倭忠経 / 證應章第十六・楊震の四知と、天に知られる一念
禍を下すと。定りたる事はなし。福にあふべき共。禍にあふべき共。其人〻のまねきによると云へり。凡理と云ものは。目前にあらはれるものなり。たとへば。水をながすに。一寸にても卑所にながれ。火は乾ものに。そのまゝ燃つくものなり。是を天理と云へり。然るに何ぞ。善惡におゐてをや。是を一念の忠。すなはち天道に。感通すとは云へるなり。漢の安帝の時。楊震と云人。帝につかへて。忠義のこゝろざし。深かりければ。賢人をたづねもとめて王密といふ者を撰て。昌邑といふ所の。代官とせしに。王密此恩を。ほうぜんとおもひて。ある夜ひそかに。黃金十斤懷中して。楊震に送る。そこにて楊震云へるは。汝を用るは君の爲なり。そのうへ。夜中にて人知らじと思ふや。天知る。神知る。我しる。汝知ると云へば。王密大きに恥て。かへりにけり。まことに善惡の一念。明らかに天に通じ知たまへば。ひそかに人をばいつはる共。天道いかにあざむくべけんや。明らかなるかな。楊震が心。實もその一念を。天へ知らるゝ事をかへりみば。たれか惡念を起す者あらん。つゝしみおそるべきは。他人の知らざる。我心の一念なり。
新字:禍を下すと。定りたる事はなし。福にあふべき共。禍にあふべき共。其人〻のまねきによると云へり。凡理と云ものは。目前にあらはれるものなり。たとへば。水をながすに。一寸にても卑所にながれ。火は乾ものに。そのまゝ燃つくものなり。是を天理と云へり。然るに何ぞ。善悪におゐてをや。是を一念の忠。すなはち天道に。感通すとは云へるなり。漢の安帝の時。楊震と云人。帝につかへて。忠義のこゝろざし。深かりければ。賢人をたづねもとめて王密といふ者を撰て。昌邑といふ所の。代官とせしに。王密此恩を。ほうぜんとおもひて。ある夜ひそかに。黄金十斤懐中して。楊震に送る。そこにて楊震云へるは。汝を用るは君の為なり。そのうへ。夜中にて人知らじと思ふや。天知る。神知る。我しる。汝知ると云へば。王密大きに恥て。かへりにけり。まことに善悪の一念。明らかに天に通じ知たまへば。ひそかに人をばいつはる共。天道いかにあざむくべけんや。明らかなるかな。楊震が心。実もその一念を。天へ知らるゝ事をかへりみば。たれか悪念を起す者あらん。つゝしみおそるべきは。他人の知らざる。我心の一念なり。
書き下し
禍を下すと。定りたる事はなし。福にあふべき共。禍にあふべき共。其人〻のまねきによると云へり。凡理と云ものは。目前にあらはれるものなり。たとへば。水をながすに。一寸にても卑所にながれ。火は乾ものに。そのまゝ燃つくものなり。是を天理と云へり。然るに何ぞ。善惡におゐてをや。是を一念の忠。すなはち天道に。感通すとは云へるなり。漢の安帝の時。楊震と云人。帝につかへて。忠義のこゝろざし。深かりければ。賢人をたづねもとめて王密といふ者を撰て。昌邑といふ所の。代官とせしに。王密此恩を。ほうぜんとおもひて。ある夜ひそかに。黃金十斤懷中して。楊震に送る。そこにて楊震云へるは。汝を用るは君の爲なり。そのうへ。夜中にて人知らじと思ふや。天知る。神知る。我しる。汝知ると云へば。王密大きに恥て。かへりにけり。まことに善惡の一念。明らかに天に通じ知たまへば。ひそかに人をばいつはる共。天道いかにあざむくべけんや。明らかなるかな。楊震が心。實もその一念を。天へ知らるゝ事をかへりみば。たれか惡念を起す者あらん。つゝしみおそるべきは。他人の知らざる。我心の一念なり。
現代語訳
禍を下す、と決まったことはなく、福にあうのも禍にあうのも、その人々の招きによる、といいます。およそ理というものは、目の前に現れるものです。たとえば、水を流すと一寸でも低い所へ流れ、火は乾いたものにそのまま燃え移ります。これを天理といいます。まして善悪においてはなおさらです。これを一念の忠が天道に感通する、というのです。漢の安帝の時に、楊震という人がいました。帝に仕えて忠義の志が深く、賢人を尋ね求めて王密という者を選び、昌邑という所の代官にしました。王密はこの恩に報いようと思い、ある夜、ひそかに黄金十斤を懐に入れて楊震に送りました。そこで楊震は、あなたを用いたのは君のためである、そのうえ、夜中で人は知るまいと思うのか、天が知る、神が知る、私が知る、あなたが知る、と言ったので、王密は大いに恥じて帰りました。まことに善悪の一念は、明らかに天に通じて知られるので、ひそかに人を偽ることはできても、天道をどうして欺けるでしょうか。明らかなことです。楊震の心は、まことにその一念を天に知られることを省みれば、誰が悪念を起こす者があるでしょうか。慎み恐れるべきは、他人の知らない、わが心の一念です。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
-
『初学訓』巻之一一天につかへておこたらずとは、人となる者、只朝夕天道の眼前にありて遠からざることを思ひ、つねに天道を畏れ敬ひてあなどらず、かりにも天道をそむき無道のことをなすべからず。天道にしたがひてそむかず、わが身をへりくだりて、人をあなどりほこらず、欲をこらへてほしいままにせず、天地の生みていつくしみ給ふ人倫をあつくあはれみて、あなどらずそこなはず。天地の、人のためにつくり出し給ふ五穀と万のたからを、わが一人の欲のためにみだりにつひやさず。次に、鳥獣虫魚の生ける物をみだりにころさず、草木をも時ならずしてみだりに伐らず。是皆天地のうみ出しやしなひて、いつくしみ給ふ物なれば、これをあはれみ養ふは、天地の御心に従ひて背かざるわざなり。
-
『翁問答』上卷之末師の曰、よき不審にて候、それは易学をよくきはめざれば、合点ゆきかぬる所にて候へども大かたをかたり候はん、夫賢人君子鳳凰麒麟などを善とさだめ、愚痴不肖鳶狐狸などを悪とさだめ、善悪の二字にてさたし、それをそのまゝ天道におしあてがふによつて一しほうたがひまし候、先根本をよく考へ見て、さて枝葉をよく吟味したるがよく候、天道を根本として生れ出たる万物なれば、天道は人物の大父母にして根本なり、人物は天道の子孫にして枝葉なり根本の天道純粋至善なれば、その枝葉の人物もみな善にして悪なしと得心すべし、瓜づるに茄子はならぬといへるが如し、
-
『慎思録』巻之四陽過ぐれば則ち大旱と為り、陰過ぐれば則ち霪雨と為る。或いは大風洪水、山崩れ川決し、海溢れ地震ひ、疾疫蟲蝗、種種の災害は、皆是れ陰陽闔闢の大過不及なり。是れ天道は無心にして、陰陽に変有る所以なり。天道の至理は、本自ら善にして悪無し。之を善と謂ふ者は生生覆育の謂なり。然れども陰陽の変易は、雑糅して究まり無く、動静常無し。是を以て災害時有りて生ず。是れ天理の正に非ずと雖も、然れども是れも亦た天理の中に無きこと能はざる者にして、自然の理なり。故に程子曰く、善悪皆天理なり、と。又曰く、善は固より性なり。然れども悪も亦た之を性と謂はざるべからず、と。深く此の意を得たりと謂ふべし。
-
『呻吟語』内篇・問學・胸中獨り得たる中正の道理學問の大要は、須らく天道・人情・物理・世故を把りて識得すること透徹し、卻って胸中獨り得たる中正底の道理を以て之を消息すべし。
-
孔子家語・六本孔子斉に在り、外館に舎る。景公造く。賓主の辞既に接するや、左右白して曰わく、「周の使い適に至り、先王の廟災すと言う。」景公覆た災は何れの王の廟なるかを問う。孔子曰わく、「此れ必ず厘王の廟ならん。」公曰わく、「何を以て之れを知るや。」孔子曰わく、「詩に云う、『皇皇たる上天、其の命忒わず。天の善を以てするや、必ず其の徳に報ゆ。』禍も亦た之れの如し。夫れ厘王は文武の制を変じ、玄黄華麗の飾りを作り、宮室崇峻に、輿馬奢侈にして、振るう可からず。故に天殃宜しく其の廟に加うべし、是を以て之れを占なうに然りと為す。」公曰わく、「天何ぞ其の身を殃せずして、其の廟に罰を加うるや。」孔子曰わく、「蓋し文武を以ての故なり。若し其の身を殃せば、則ち文武の嗣、乃ち殄びんとするに無からんや。故に当に其の廟を殃すべく、以て其の過ちを彰らかにす。」俄頃にして、左右報じて曰わく、「災する所は、厘王の廟なり。」景公驚き起ちて、再拝して曰わく、「善いかな、聖人の智、人に過ぐること遠し。」
-
『初学訓』巻之三一天道は、人の善に福し、悪に禍し給ふ。是人のしわざの善悪によりて、天より、福と禍とを報い給へる理なり。是は、天道の常理なり、疑ふべからず。又人の生質によりて、富貴、貧賤、禍福、寿夭あり。或は、時によりて不意に吉凶あり。皆是、陰陽の変化にして、人の生れつきにより、気を禀くること厚薄あり。厚き気をうけたる人は富貴にして福あり。薄き気をうけたる人は、貧賤にして禍あり。又、長き気をうけたるは寿く、短き気をうけたるは夭し。天の陰陽の気をうけて如斯なれば、すべて天命といふ。

人生を、一行の式にしてみた。
志×積×時×憤÷(1+執)+命。古典から導いた式『人生の方程式』と、二十四の悩みに古典が答える『人生の教科書』(PDF)、師導の全機能1か月がセットで700円です。
本の中身を見る