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翁問答 / 上卷之末

師の曰、よき不審にて候、それは易學をよくきはめざれば、合點ゆきかぬる所にて候へども大かたをかたり候はん、夫賢人君子鳳凰麒麟などを善とさだめ、愚痴不肖鳶狐狸などを惡とさだめ、善惡の二字にてさたし、それをそのまゝ天道におしあてがふによつて一しほうたがひまし候、先根本をよく考へ見て、さて枝葉をよく吟味したるがよく候、天道を根本として生れ出たる萬物なれば、天道は人物の大父母にして根本なり、人物は天道の子孫にして枝葉なり根本の天道純粹至善なれば、その枝葉の人物もみな善にして惡なしと得心すべし、瓜づるに茄子はならぬといへるが如し、

新字:師の曰、よき不審にて候、それは易学をよくきはめざれば、合点ゆきかぬる所にて候へども大かたをかたり候はん、夫賢人君子鳳凰麒麟などを善とさだめ、愚痴不肖鳶狐狸などを悪とさだめ、善悪の二字にてさたし、それをそのまゝ天道におしあてがふによつて一しほうたがひまし候、先根本をよく考へ見て、さて枝葉をよく吟味したるがよく候、天道を根本として生れ出たる万物なれば、天道は人物の大父母にして根本なり、人物は天道の子孫にして枝葉なり根本の天道純粋至善なれば、その枝葉の人物もみな善にして悪なしと得心すべし、瓜づるに茄子はならぬといへるが如し、

書き下し

師の曰、よき不審にて候、それは易学をよくきはめざれば、合点ゆきかぬる所にて候へども大かたをかたり候はん、夫賢人君子鳳凰麒麟などを善とさだめ、愚痴不肖鳶狐狸などを悪とさだめ、善悪の二字にてさたし、それをそのまゝ天道におしあてがふによつて一しほうたがひまし候、先根本をよく考へ見て、さて枝葉をよく吟味したるがよく候、天道を根本として生れ出たる万物なれば、天道は人物の大父母にして根本なり、人物は天道の子孫にして枝葉なり根本の天道純粋至善なれば、その枝葉の人物もみな善にして悪なしと得心すべし、瓜づるに茄子はならぬといへるが如し、

現代語訳

師が言った。「よい疑問である。それは易学をよくきわめなければ納得のいきかねるところであるが、おおよそを語ろう。そもそも賢人君子・鳳凰・麒麟などを善と定め、愚痴不肖・鳶・狐狸などを悪と定め、善悪の二字で取り沙汰し、それをそのまま天道に押し当てるので、ひとしお疑いが増すのである。まず根本をよく考えてみて、それから枝葉をよく吟味するのがよい。天道を根本として生まれ出た万物であるから、天道は人や物の大父母であって根本である。人や物は天道の子孫であって枝葉である。根本の天道が純粋至善であるから、その枝葉である人や物もみな善であって悪はないと納得すべきである。瓜のつるに茄子はならないというようなものである。」

解説

藤樹はまず、賢人を善、愚か者を悪と二分し、それをそのまま天道に当てはめることが疑いのもとだと指摘する。そして根本と枝葉の関係で考え直す。万物は天道を大父母として生まれた子孫であり、根本が至善であれば枝葉もみな善であって本来の悪はない。「瓜のつるに茄子はならぬ」という身近なことわざで、性善の立場をわかりやすく示している。人を善人と悪人に分けて見る癖は、現代の職場にもある。まず誰もが同じ根から生まれた善なるものだと見ることから、人への見方が変わり始める。

この章句が説くこと

天道性善根本易学善悪万物

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