初学訓 / 巻之三
一天道は、人の善に福し、惡に禍し給ふ。是人のしわざの善惡によりて、天より、福と禍とを報い給へる理なり。是は、天道の常理なり、疑ふべからず。又人の生質によりて、富貴、貧賤、禍福、壽夭あり。或は、時によりて不意に吉凶あり。皆是、陰陽の變化にして、人の生れつきにより、氣を禀くること厚薄あり。厚き氣をうけたる人は富貴にして福あり。薄き氣をうけたる人は、貧賤にして禍あり。又、長き氣をうけたるは壽く、短き氣をうけたるは夭し。天の陰陽の氣をうけて如斯なれば、すべて天命といふ。
新字:一天道は、人の善に福し、悪に禍し給ふ。是人のしわざの善悪によりて、天より、福と禍とを報い給へる理なり。是は、天道の常理なり、疑ふべからず。又人の生質によりて、富貴、貧賤、禍福、寿夭あり。或は、時によりて不意に吉凶あり。皆是、陰陽の変化にして、人の生れつきにより、気を禀くること厚薄あり。厚き気をうけたる人は富貴にして福あり。薄き気をうけたる人は、貧賤にして禍あり。又、長き気をうけたるは寿く、短き気をうけたるは夭し。天の陰陽の気をうけて如斯なれば、すべて天命といふ。
書き下し
一天道は、人の善に福し、悪に禍し給ふ。是人のしわざの善悪によりて、天より、福と禍とを報い給へる理なり。是は、天道の常理なり、疑ふべからず。又人の生質によりて、富貴、貧賤、禍福、寿夭あり。或は、時によりて不意に吉凶あり。皆是、陰陽の変化にして、人の生れつきにより、気を禀くること厚薄あり。厚き気をうけたる人は富貴にして福あり。薄き気をうけたる人は、貧賤にして禍あり。又、長き気をうけたるは寿く、短き気をうけたるは夭し。天の陰陽の気をうけて如斯なれば、すべて天命といふ。
現代語訳
天道は、人の善に福を与え、悪に禍を与えられます。これは人の行いの善悪によって、天から福と禍を報いられる理です。これは天道の常の理であり、疑ってはいけません。また人の生まれつきによって、富貴・貧賤・禍福・長寿短命があります。あるいは時によって、思いがけず吉凶があります。これはみな陰陽の変化であって、人の生まれつきによって、気を受けることに厚い薄いがあるのです。厚い気を受けた人は、富貴で福があります。薄い気を受けた人は、貧賤で禍があります。また長い気を受けた人は長生きし、短い気を受けた人は若くして死にます。天の陰陽の気を受けてこのようになるので、すべて天命といいます。
解説
この章句が説くこと
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『翁問答』上卷之末体充問曰、つらつら人物のありさまを考へ見るに、よきものは少なく、あしきものは多し、よき者は育ちがたくあしきものは育ち易し、人間には賢人君子まれなり、たまたまあれども或は不幸短命なり、愚痴不肖は世界にみちみちて沢山なり、盗賊などをば何れの代にもさがし、求めてころせどもたらず、鳥には鳳凰はまれにて鳶鴉は雲霞の如し、獣には麒麟は世にまれにて狐狸は其かずをしらず、草木には霊草名木はすくなくして、名もなき雑木野草は山野にみてり、天道は純粋至善なりと承はりをよび候へば、よきものは多くあしきものは少なきはずにて候へ、かへつてあしき者の沢山なるは、何たる道理にて御座候や。
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『初学訓』巻之一一凡人は天地のめぐみをうけて生れ、天地の心をうけて心とし、天地の養を得て身をやしなふ。かかる天地の大恩をうけて、天地の内に住みながら、天地のわれにあたへ給へる心の徳を捨てて保たず。天地の道にそむきて行はず。其上、天地の、子としてあはれみ給へる人倫と、次には鳥獣をそこなひ苦めて不仁なるは、天地の御心にそむきて、罪深し。是天地のにくみ給ふ所なり。天道は恐るべし、侮りて背くべからず。一人として、天をおそれず人をあはれまず、悪これより大なるはなし。悪を行へば天のにくみ給ふ所、天の譴のがれがたし。即時にわざはひあると、後に禍来るとのかはりあれども、悪をなして禍なきの理なし。又天地の御心に従ひて背かざる人は、天地のめぐみありて、必ず福あり。もしは、其福早く来らざれども、後必ず福有りて禍なし。もし我が身に福なければ、必ず子孫にいたりて福あり。是必然の理なり。古の聖人の教明らかなり。聖人の言おそるべし、信ずべし、疑ふべからず。古を引くにも及ばず、近世にも此ためし多し。
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『甲陽軍鑑』品第六能人の埋るゝも世のならひ、悪き者うゆるもならひ、善悪をまぜあはするは皆是天道なりと心得べし一丹波国赤井と云男、七歳にて人を伐、赤井悪右衛門と名をよばれ、五畿内におひて己が人数五百千はかりにて敵五千六千をも数度戦て悪右衛門かたずといふことなし一四国阿波の三善修理太夫殿は、
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『翁問答』上卷之末師の曰、よき不審にて候、それは易学をよくきはめざれば、合点ゆきかぬる所にて候へども大かたをかたり候はん、夫賢人君子鳳凰麒麟などを善とさだめ、愚痴不肖鳶狐狸などを悪とさだめ、善悪の二字にてさたし、それをそのまゝ天道におしあてがふによつて一しほうたがひまし候、先根本をよく考へ見て、さて枝葉をよく吟味したるがよく候、天道を根本として生れ出たる万物なれば、天道は人物の大父母にして根本なり、人物は天道の子孫にして枝葉なり根本の天道純粋至善なれば、その枝葉の人物もみな善にして悪なしと得心すべし、瓜づるに茄子はならぬといへるが如し、
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『初学訓』巻之五惜むべし。和漢の古の事を考ふるにも、此道理たがはず。されども、遠きことを引くにも及ばず、わが日の本百年以来、このごろに至りて、まのあたりに見聞きたる、世間の諸人のなせることを考へ見て、其益あると益なきとを知るべし。凡そ俗人は、無学にして道理に暗きのみならず、利分の損得をも知らず。故に、善を行ひて天道にかなへば、必ず天喜び、人喜びて、禍なく福あり。悪を行ひて天道に背けば、必ず天怒り人恨みて、禍あり、福なきことを知らず。つねに天道を畏れずして、かへつて侮り背き、私を恣にし、ことさら、天の子としてあはれみ給へる人を恵まずして、侮り苦め、身のわざはひを求め、身の亡ぶることをなして楽とす。つひに天道神明の責をかうぶりて、亡びざれば止まず。かなしむべきかな。是れ道理に暗きのみならず、損得をも知らざるなり。
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