倭忠経 / 辨忠章第十四・真の勇と、類は友を呼ぶ君臣の交わり
犬死をするなり。猶も此勇過ぬれば。君を殺し父にそむく。是勇に似て。君子の用る勇にあらず。それ勝べき時節を見て戰。引べき敵を見て引取。義を重じ。名を。はぢて。君の爲に命をすつるを。まことの勇と云へり。是のみならず。日用すこしの業にも。物毎かんにんをつよく。その事をなし遂を。勇とはいふなり。然るを。かりそめにも怒を出し。貴賤の違別なく。慮外をしかけ。いのちをおしまぬ者は。狂人の働にて。いさゝかも勇にあらず。しかれば此三つの能ありとても。眞實の忠不忠を。よくわきまふべし。書經にもろ〴〵の臣の善惡を。よくわきまへ。それ〴〵の奉行。役人を目利して。たがはぬやうにすべしと云へり。まことなるかな。君の心に私なく共。臣たる者よこしまならば。いかで君の御心。ひろく末〻へ往わたらんや。そのうへ。君の善惡は。臣下を見て知とあるをや。實も同聲相應じ。同氣相もとむとて。たとへば。淸淨なる香には。鬼神も感應あり。惡臭ある處には。又もろ〴〵の穢しき虫の生ずるごとく。君臣朋友のまじはりにも。善人は。誠ある人を友なひ。ちなみ。惡人はまた。姦人邪人をもとめちかづく。かくのごとく。その類〻より合ふものなれば。いかにも君の心を明らかにして。臣下の善惡を知たまへ。臣下も又。利欲の念を立さり。誠を以て。君にゑらばれ。奉らん事を。嗜べし。しからば。善人諸方より。その君をたのみ。まねかざるに。集り來らんこと。必定の事なり。
新字:犬死をするなり。猶も此勇過ぬれば。君を殺し父にそむく。是勇に似て。君子の用る勇にあらず。それ勝べき時節を見て戦。引べき敵を見て引取。義を重じ。名を。はぢて。君の為に命をすつるを。まことの勇と云へり。是のみならず。日用すこしの業にも。物毎かんにんをつよく。その事をなし遂を。勇とはいふなり。然るを。かりそめにも怒を出し。貴賤の違別なく。慮外をしかけ。いのちをおしまぬ者は。狂人の働にて。いさゝかも勇にあらず。しかれば此三つの能ありとても。真実の忠不忠を。よくわきまふべし。書経にもろ〴〵の臣の善悪を。よくわきまへ。それ〴〵の奉行。役人を目利して。たがはぬやうにすべしと云へり。まことなるかな。君の心に私なく共。臣たる者よこしまならば。いかで君の御心。ひろく末〻へ往わたらんや。そのうへ。君の善悪は。臣下を見て知とあるをや。実も同声相応じ。同気相もとむとて。たとへば。清浄なる香には。鬼神も感応あり。悪臭ある処には。又もろ〴〵の穢しき虫の生ずるごとく。君臣朋友のまじはりにも。善人は。誠ある人を友なひ。ちなみ。悪人はまた。姦人邪人をもとめちかづく。かくのごとく。その類〻より合ふものなれば。いかにも君の心を明らかにして。臣下の善悪を知たまへ。臣下も又。利欲の念を立さり。誠を以て。君にゑらばれ。奉らん事を。嗜べし。しからば。善人諸方より。その君をたのみ。まねかざるに。集り来らんこと。必定の事なり。
書き下し
犬死をするなり。猶も此勇過ぬれば。君を殺し父にそむく。是勇に似て。君子の用る勇にあらず。それ勝べき時節を見て戰。引べき敵を見て引取。義を重じ。名を。はぢて。君の爲に命をすつるを。まことの勇と云へり。是のみならず。日用すこしの業にも。物毎かんにんをつよく。その事をなし遂を。勇とはいふなり。然るを。かりそめにも怒を出し。貴賤の違別なく。慮外をしかけ。いのちをおしまぬ者は。狂人の働にて。いさゝかも勇にあらず。しかれば此三つの能ありとても。眞實の忠不忠を。よくわきまふべし。書經にもろ〴〵の臣の善惡を。よくわきまへ。それ〴〵の奉行。役人を目利して。たがはぬやうにすべしと云へり。まことなるかな。君の心に私なく共。臣たる者よこしまならば。いかで君の御心。ひろく末〻へ往わたらんや。そのうへ。君の善惡は。臣下を見て知とあるをや。實も同聲相應じ。同氣相もとむとて。たとへば。淸淨なる香には。鬼神も感應あり。惡臭ある處には。又もろ〴〵の穢しき虫の生ずるごとく。君臣朋友のまじはりにも。善人は。誠ある人を友なひ。ちなみ。惡人はまた。姦人邪人をもとめちかづく。かくのごとく。その類〻より合ふものなれば。いかにも君の心を明らかにして。臣下の善惡を知たまへ。臣下も又。利欲の念を立さり。誠を以て。君にゑらばれ。奉らん事を。嗜べし。しからば。善人諸方より。その君をたのみ。まねかざるに。集り來らんこと。必定の事なり。
現代語訳
無駄死にをするのです。なおこの勇が過ぎれば、君を殺し父に背きます。これは勇に似て、君子の用いる勇ではありません。勝つべき時節を見て戦い、退くべき敵を見て引き取り、義を重んじ、名を恥じて、君のために命を捨てるのを、まことの勇といいます。これだけではなく、日々のわずかな仕事にも、物事に堪忍を強くして、その事をなし遂げるのを、勇というのです。それなのに、かりそめにも怒りを出し、貴賤の区別なく無礼をしかけ、命を惜しまない者は、狂人の働きで、少しも勇ではありません。ですからこの三つの能があっても、真実の忠か不忠かを、よくわきまえなければなりません。書経にも、多くの臣の善悪をよくわきまえ、それぞれの奉行や役人を見極めて、間違いないようにするべきだとあります。まことにそのとおりです。君の心に私がなくても、臣たる者が邪であれば、どうして君の御心が広く末々へ行き渡るでしょうか。そのうえ、君の善悪は臣下を見て知る、ともあります。まことに、同じ声は相応じ、同じ気は相求める、といいます。たとえば、清らかな香には鬼神も感応があり、悪臭のある所には、さまざまな穢らしい虫が生じるように、君臣朋友の交わりにも、善人は誠のある人を友とし、縁を結び、悪人はまた、姦人邪人を求めて近づきます。このように、その類ごとに寄り合うものですから、何としても君の心を明らかにして、臣下の善悪を知っておられるべきです。臣下もまた、利欲の念を立ち去り、誠をもって君に選ばれることを心がけるべきです。そうすれば、善人が諸方からその君を頼み、招かなくても集まってくることは必定です。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
-
説苑・立節士君子の勇有りて行に果なる者、以て節を立て誼を行わずして、妄死非名を以てするは、豈に痛ましからずや。士殺身以て仁を成し、害に触れて以て義を立て、節理に倚りて死地を議せざる有り。故に能く身死して名来世に流る、勇断有るに非ずんば、孰か能く之を行わんや。
-
『講孟余話』公孫丑上 第二章「孟施舎の勇を養ふ所や」。此の章浩然の気を論ず、其の論甚だ盛大雄偉なり。北宮黝・孟施舎の勇の如きは固より言ふに足らず。但し孟施舎の勇は、武士戦場に向ふ時は角こそ有り度きことなり、因りて其の略を言はん。無懼の二字是れ主なり。勇気敵を呑むと云ふ如く、百万の大敵目に余ると雖も、屑ともせぬことなり。死を知れば必ず勇と云へば、打死と覚悟さへ定まりたれば、大敵猛勢も畏るるに足ることなし。然れども此の勇を養ひて大になさざれば、仮令覚悟定まりたれども、勇気敵を呑む所なし、未だ孟施舎の勇を語るに足らず。孟施舎の如き者一人陣中にあれば、惣軍の気是れが為に大いに増盛し、敗軍も転じて勝軍となる者なり。此の人一人国中にあれば、闔国の気是れが為に増盛し、弱国も転じて強国となる者なり。況や此の人を挙げて将帥の任となすに於てをや。強将の下弱兵なきこと必せり。士安ぞ茲に志さざるべけんや。
-
『春秋左氏伝』哀公二年 鉄の戦い下卿の罰なり」と。甲戌、將に戰はんとす。郵無恤、簡子に御たり、衛の太子右たり。鐵上に登り、鄭の師の眾きを望見す。大子懼れ、自ら車下に投ず。子良、大子に綏を授けて之に乘らしめて曰く、「婦人なり」と。簡子列を巡りて曰く、「畢萬は匹夫なり。七たび戰ひて皆獲、馬百乘を有ちて、牖下に死せり。群子之を勉めよ。死は寇に在らず」と。繁羽、趙羅に御たり、宋勇右たり。羅勇無く、之を麇(つな)ぐ。吏之を詰る。御對へて曰く、「痁作りて伏せり」と。衛の大子禱りて曰く、「曾孫蒯聵、敢へて昭らかに皇祖文王・烈祖康叔・文祖襄公に告ぐ。鄭勝は亂に從ひ、晉午は難に在りて、亂を治むる能はず、鞅をして之を討たしむ。蒯聵敢へて自ら佚せず、矛を持するに備はる。敢へて告ぐ、筋を絕つこと無く、骨を折ること無く、面を傷つくること無く、以て大事を集(な)さしめよ。三祖の羞と作ること無からん。大命は敢へて請はず。佩玉は敢へて愛まず」と。鄭人、簡子を擊ちて肩に中つ。車中に斃る。其の蜂旗を獲たり。大子之を救ふに戈を以てす。鄭の師北(に)ぐ。溫の大夫趙羅を獲たり。大子復た之を伐つ。
-
論語・述而篇子、顔淵に謂いて曰く、「之を用うれば則ち行い、之を舎つれば則ち蔵る。惟だ我と爾と是れ有るかな。」子路曰く、「子、三軍を行らば、則ち誰と与にせん。」子曰く、「暴虎馮河、死して悔い無き者は、吾与にせざるなり。必ずや事に臨みて懼れ、謀を好みて成す者なり。」
-
『武道初心集』治家武士たらむもの。我が妻女の身の上に於て。心に叶はざる義有之候はゞ。事の道理をいひ分けて。よく合點致す樣に申し敎へ。少々の義ならば思ひ免し。堪忍仕りて差置尤に候。然れ共元來心だて惡く。畢竟用に立間敷と存ずる程ならば。一向に暇を遣はし。親のもとへ送り返すは格別の義に候。左ながら左樣にも致さず。我が女房と定め。奧樣かみ樣と人にも言はせて指置者へ對し。高聲を揚げ。種々の惡口雜言に及ぶは。市町の裏屋脊戸屋の。傭夫役丁の風情は格別。既に一騎役をも勤むる武士の所行には。決して有まじき義に候。況や腰刀などをひねくり廻し。或は握り拳の一つもあて候類は。言語道斷の事にて臆病武士の仕業に候。子細を申すに武士の娘に生れ。人の女房と成程の年齡にて。男子の義ならば人に拳をあてられては中々こらへぬ筈なれ共。女性の淺ましさに。是非なく涙を流して。堪忍をば仕るにて候。總じて我に手向ひのならぬ相手と見懸て。理不盡の仕形に及ぶ義をば。猛き武士は決して致さぬものに候。猛き武士の嫌ふてせぬ事を。好みて致すものをさして。臆病者とは申にて候。初心の武士心得のため仍如件。
-
『肝要工夫録』・勇気とは勇はいさむと訓じて、何事も決斷よく、物事をしとげ、少しも臆する氣なく、外は溫和謙遜にして、かりそめにも、人の無禮を咎めず、內に勇剛を專にして、血氣麁忽の振舞なく、いかにも柔に見ゆるといへども、心操の大丈夫なること、鐵石の如くなるを、勇氣の者といふ。武士は、とりわけ勇氣なくては叶はぬ事にて、諺にも、唐土の虎は毛を惜み、日本の武士は名を惜むといへるは本朝の武士の勇氣を、よく〱言ひ取りたる言葉なり。名を惜むは、恥ある士の心にて、義勇ともに名を惜む中に備はることなれば、名利などいへる意味とは大に違ふ事なり。故に勉めて武勇を勵むべき事、肝要なり。しかれども、あしく勇に勵むときは、血氣の勇にして、俠者といふ者なり。

人生を、一行の式にしてみた。
志×積×時×憤÷(1+執)+命。古典から導いた式『人生の方程式』と、二十四の悩みに古典が答える『人生の教科書』(PDF)、師導の全機能1か月がセットで700円です。
本の中身を見る