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倭忠経 / 天地神明章第一・天地神明章 人としての誠と家から国へ

花のみどりなるはなし。松に櫻の。さくためしもあらず。是天地のまことなり。然れば人も其ごとく。心の誠を守り。すこしも私のよこしまを入ずして。外に眞實を行ときは。全人たり。扨また鷄の時をつくり。犬の夜を守は鷄犬の誠なり。人もその生れ付たる誠にまかせ。忠孝を行を以。人とす。人として忠孝なきは。人にあらず。鷄犬にはおとれるなり。天地人の三才といふは。天は天のやくにて。四季折々をうつし。地は地のやくにて。萬物を生じ。人はまた人の役にて。天地の吾にあたへし誠を行ひ。親に孝をなし。君に忠を盡す。爰を以。かく廣大なり。天地にならびて。三才となれり。然れば時をうたはぬ鷄は。形はにはとりにして。鷄ならず。夜を守らぬ犬は。形は犬にして。犬ならず。忠孝なき人は。面は人にして。內心は畜生といふ事を。たしかに知り辨べし。扨忠は。第一に其心の。眞實を一すじに。君の事を大切にするを云ゝり。もし心を二つにする時は。則私なり。然れば一家。一國。一天下をおさむる根本は。此忠によらずと云事なし。忠ある人は。君臣の間堅固に治り。その心。天地神明の。御こゝろにも。感通あるなり。目に見えぬ。神祇にだに通ずるならば。いかに況。まの前なる君の心に。かなはぬ臣あらんや。さて忠のこゝろと云は。外よりなすわざにあらず。我一身より行ひ出せば。その忠一家のうちの人見ならひ。忠を行ずと云事なし。一家に忠行れては。一家より一國に廣る。身といひ。家といひ。國と云て。名はかはると云へども。忠を行ふ處は一つなり。

新字:花のみどりなるはなし。松に桜の。さくためしもあらず。是天地のまことなり。然れば人も其ごとく。心の誠を守り。すこしも私のよこしまを入ずして。外に真実を行ときは。全人たり。扨また鶏の時をつくり。犬の夜を守は鶏犬の誠なり。人もその生れ付たる誠にまかせ。忠孝を行を以。人とす。人として忠孝なきは。人にあらず。鶏犬にはおとれるなり。天地人の三才といふは。天は天のやくにて。四季折々をうつし。地は地のやくにて。万物を生じ。人はまた人の役にて。天地の吾にあたへし誠を行ひ。親に孝をなし。君に忠を尽す。爰を以。かく広大なり。天地にならびて。三才となれり。然れば時をうたはぬ鶏は。形はにはとりにして。鶏ならず。夜を守らぬ犬は。形は犬にして。犬ならず。忠孝なき人は。面は人にして。内心は畜生といふ事を。たしかに知り弁べし。扨忠は。第一に其心の。真実を一すじに。君の事を大切にするを云ゝり。もし心を二つにする時は。則私なり。然れば一家。一国。一天下をおさむる根本は。此忠によらずと云事なし。忠ある人は。君臣の間堅固に治り。その心。天地神明の。御こゝろにも。感通あるなり。目に見えぬ。神祇にだに通ずるならば。いかに況。まの前なる君の心に。かなはぬ臣あらんや。さて忠のこゝろと云は。外よりなすわざにあらず。我一身より行ひ出せば。その忠一家のうちの人見ならひ。忠を行ずと云事なし。一家に忠行れては。一家より一国に広る。身といひ。家といひ。国と云て。名はかはると云へども。忠を行ふ処は一つなり。

書き下し

花のみどりなるはなし。松に櫻の。さくためしもあらず。是天地のまことなり。然れば人も其ごとく。心の誠を守り。すこしも私のよこしまを入ずして。外に眞實を行ときは。全人たり。扨また鷄の時をつくり。犬の夜を守は鷄犬の誠なり。人もその生れ付たる誠にまかせ。忠孝を行を以。人とす。人として忠孝なきは。人にあらず。鷄犬にはおとれるなり。天地人の三才といふは。天は天のやくにて。四季折々をうつし。地は地のやくにて。萬物を生じ。人はまた人の役にて。天地の吾にあたへし誠を行ひ。親に孝をなし。君に忠を盡す。爰を以。かく廣大なり。天地にならびて。三才となれり。然れば時をうたはぬ鷄は。形はにはとりにして。鷄ならず。夜を守らぬ犬は。形は犬にして。犬ならず。忠孝なき人は。面は人にして。內心は畜生といふ事を。たしかに知り辨べし。扨忠は。第一に其心の。眞實を一すじに。君の事を大切にするを云ゝり。もし心を二つにする時は。則私なり。然れば一家。一國。一天下をおさむる根本は。此忠によらずと云事なし。忠ある人は。君臣の間堅固に治り。その心。天地神明の。御こゝろにも。感通あるなり。目に見えぬ。神祇にだに通ずるならば。いかに況。まの前なる君の心に。かなはぬ臣あらんや。さて忠のこゝろと云は。外よりなすわざにあらず。我一身より行ひ出せば。その忠一家のうちの人見ならひ。忠を行ずと云事なし。一家に忠行れては。一家より一國に廣る。身といひ。家といひ。國と云て。名はかはると云へども。忠を行ふ處は一つなり。

現代語訳

花が緑であるということはなく、松に桜が咲いた例もありません。これが天地の誠です。ですから人もそのように、心の誠を守り、少しも私の邪を入れず、外に真実を行うとき、完全な人となります。また鶏が時を告げ、犬が夜を守るのは、鶏と犬の誠です。人もその生まれつきの誠に任せて、忠孝を行うことで人とします。人として忠孝がないのは、人ではありません。鶏や犬にも劣ります。天・地・人の三才というのは、天は天の役目で四季折々を移し、地は地の役目で万物を生じ、人はまた人の役目で、天地が自分に与えた誠を行い、親に孝をなし、君に忠を尽くします。ここをもって、これほど広大であり、天地に並んで三才となるのです。ですから時を告げない鶏は、形は鶏でも鶏ではありません。夜を守らない犬は、形は犬でも犬ではありません。忠孝のない人は、顔は人でも内心は畜生であるということを、はっきり知りわきまえなさい。さて忠とは、第一にその心の真実を一筋に、君のことを大切にすることをいいます。もし心を二つにすれば、それは私です。ですから一家、一国、天下を治める根本は、この忠によらないことはありません。忠のある人は、君臣の間が堅固に治まり、その心は天地の神々の御心とも感じ通じます。目に見えない神々にさえ通じるのなら、まして目の前の君の心にかなわない臣があるでしょうか。さて忠の心というのは、外からなす行いではありません。自分の一身から行い出せば、その忠を一家のうちの人が見習って、忠を行わない者はありません。一家に忠が行われれば、一家から一国に広がります。身といい、家といい、国といって名は変わりますが、忠を行うところは一つです。

解説

前章の続きで、鶏が時を告げ犬が夜を守るように、人にも生まれつきの務めがあり、それを果たすことが人としての誠だと述べています。忠孝のない人を鶏犬以下とする言い方は強烈ですが、役目を放棄することへの戒めとして読めます。また「心を二つにすれば私」という指摘と、忠は自分の一身から始まり家から国へ広がるという考えは、現代でも通用します。管理職が率先して誠実に動けば、部署全体に伝わります。まず自分の行動を整えることが、組織づくりの出発点です。

この章句が説くこと

倭忠経南部立庵天地神明章三才鶏犬私心

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