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尉繚子 / 武議

武王伐紂,師渡盟津,右旄左鉞,死士三百,戰士三萬。紂之臣億萬,飛亷、惡來身先㦸斧,陳開百里。武王不罷士民,兵不血刃,而克商誅紂,無祥異也,人事修不修而然也。今世將考孤虚,占咸池,合兆,視吉凶,觀星辰風雲之變,欲以成勝立功,臣以為難。夫將者,上不制于天,下不制于地,中不制于人。故兵者,凶器也;爭者,逆德也;將者,死官也。故不得已而用之。無天于上,無地于下,無主于後,無敵于前。一人之兵,如狼如虎,如風如雨,如雷如電,震震㝠㝠,天下皆驚。勝兵似水。夫水,至柔弱者也。然所觸,丘陵必為之崩;無異也,性專而觸誠也。今以莫邪之利,犀兕之堅,三軍之衆,有所奇正,則天下莫當其戰矣。故曰:「舉賢用能,不時日而事利;明法審令,不卜筮而獲吉;貴功養勞,不禱祠而得福。」又曰:「天時不如地利,地利不如人和。」古之聖人,謹人事而已。吳起與秦戰,舍不平隴畝,樸葢之,以蔽霜露。如此何也?不自髙人故也。乞人之死不索尊,竭人之力不責禮。故古者,介冑之士不拜,示人無已以煩也。夫煩人而欲乞其死、竭其力,自古至今,未嘗聞矣。將受命之日,㤀其家;張軍宿野,㤀其親;援枹而鼓,其身。吳起臨戰,左右進劒。起曰:「將專主旗鼔爾。

新字:武王伐紂,師渡盟津,右旄左鉞,死士三百,戦士三万。紂之臣億万,飛廉、悪来身先戟斧,陳開百里。武王不罷士民,兵不血刃,而克商誅紂,無祥異也,人事修不修而然也。今世将考孤虚,占咸池,合兆,視吉凶,観星辰風雲之変,欲以成勝立功,臣以為難。夫将者,上不制于天,下不制于地,中不制于人。故兵者,凶器也;争者,逆徳也;将者,死官也。故不得已而用之。無天于上,無地于下,無主于後,無敵于前。一人之兵,如狼如虎,如風如雨,如雷如電,震震㝠㝠,天下皆驚。勝兵似水。夫水,至柔弱者也。然所触,丘陵必為之崩;無異也,性専而触誠也。今以莫邪之利,犀兕之堅,三軍之衆,有所奇正,則天下莫当其戦矣。故曰:「舉賢用能,不時日而事利;明法審令,不卜筮而獲吉;貴功養労,不祷祠而得福。」又曰:「天時不如地利,地利不如人和。」古之聖人,謹人事而已。呉起与秦戦,舎不平隴畝,樸葢之,以蔽霜露。如此何也?不自高人故也。乞人之死不索尊,竭人之力不責礼。故古者,介冑之士不拝,示人無已以煩也。夫煩人而欲乞其死、竭其力,自古至今,未嘗聞矣。将受命之日,㤀其家;張軍宿野,㤀其親;援枹而鼓,其身。呉起臨戦,左右進劒。起曰:「将専主旗鼓爾。

書き下し

武王の紂を伐つや、師盟津を渡り、右に旄(ばう)、左に鉞(えつ)、死士三百、戦士三万。紂の臣は億万、飛廉・悪来、身ら戟斧に先んじ、陳を開くこと百里。武王、士民を罷(つか)らさず、兵刃に血ぬらずして、商に克ち紂を誅す、祥異無きなり、人事修まると修まらざるとにして然るなり。今世の将は、孤虚を考へ、咸池を占ひ、兆を合はせ、吉凶を視、星辰風雲の変を観て、以て勝ちを成し功を立てんと欲す、臣以為へらく難しと。夫れ将なる者は、上は天に制せられず、下は地に制せられず、中は人に制せられず。故に兵なる者は、凶器なり。争ひなる者は、逆徳なり。将なる者は、死官なり。故に已むを得ずして之を用ふ。上に天無く、下に地無く、後ろに主無く、前に敵無し。一人の兵、狼の如く虎の如く、風の如く雨の如く、雷の如く電の如く、震震冥冥として、天下皆驚く。勝兵は水に似たり。夫れ水は、至って柔弱なる者なり。然れども触るる所、丘陵も必ず之が為に崩る。異なる無きなり、性専らにして触るること誠なればなり。今莫邪の利、犀兕の堅、三軍の衆を以て、奇正する所有れば、則ち天下其の戦ひに当たる莫し。故に曰く、「賢を挙げ能を用ふれば、時日せずして事利あり。法を明らかにし令を審らかにすれば、卜筮せずして吉を獲。功を貴び労を養へば、禱祠せずして福を得」と。又曰く、「天の時は地の利に如かず、地の利は人の和に如かず」と。古の聖人は、人事を謹むのみ。呉起秦と戦ふに、舎るに隴畝を平らげず、樸(ぼく)もて之を蓋ひ、以て霜露を蔽ふ。此くの如きは何ぞや。自ら人より高しとせざるが故なり。人の死を乞ふには尊きを索めず、人の力を竭くさしむるには礼を責めず。故に古は、介冑の士は拝せず、人に已(や)む無きを示して以て煩はすなり。夫れ人を煩はして其の死を乞ひ、其の力を竭くさしめんと欲するは、古より今に至るまで、未だ嘗て聞かざるなり。将命を受くるの日は、其の家を忘れ、軍を張りて野に宿れば、其の親を忘れ、枹を援(と)りて鼓すれば、其の身。呉起戦ひに臨むに、左右剣を進む。起曰く、「将は専ら旗鼓を主るのみ。

現代語訳

周の武王が殷の紂王を討ったとき、軍は盟津を渡り、右手に旄(ばう、旗の飾り)、左手に鉞(まさかり)を持ち、決死の士三百、戦士三万であった。紂王の臣下は億万を数え、飛廉(ひれん)・悪来(あくらい、ともに紂王の寵臣)が自ら戟や斧の先頭に立ち、陣は百里に広がった。それでも武王は兵や民を疲れさせず、刃を血に染めることもなく、商に勝って紂王を誅した。そこに吉兆や怪異があったわけではない。人のなすべきことが修まっているか修まっていないかによって、そうなったのである。今の将は、孤虚(こきょ、日取りの吉凶)を考え、咸池(かんち、星の名)で占い、亀の甲の兆しを合わせ(本文は「合兆」、亀の字が落ちたか)、吉凶を見、星や風雲の変化を観察して、それで勝ちを収め功を立てようとしているが、臣はそれは難しいと思う。そもそも将たる者は、上は天に縛られず、下は地に縛られず、中は人に縛られない。だから兵とは凶器であり、争いとは徳に逆らうものであり、将とは死を職とする官である。だから、やむを得ないときにだけこれを用いる。(ひとたび用いれば)上には天もなく、下には地もなく、後ろには主君もなく、前には敵もない。一人の将が率いる兵は、狼のように虎のように、風のように雨のように、雷のように稲妻のように、轟きわたり暗く覆って、天下はみな驚く。勝つ兵は水に似ている。そもそも水は、この上なく柔らかく弱いものである。しかしそれがぶつかる所では、丘や陵も必ず崩れる。それはほかでもない、性質が一つに専らで、ぶつかり方がひたむきだからである。いま莫邪(ばくや、名剣)のような鋭い武器と、犀の革のような堅い鎧と、全軍の兵をもって、奇と正(正攻法と奇策)を使い分ければ、天下にその戦いに当たれる者はない。だから言う。「賢者を挙げ有能な者を用いれば、日取りを選ばなくても事はうまくいく。法を明らかにし命令を行き届かせれば、占わなくても吉を得る。功を尊び労をねぎらえば、祈らなくても福を得る」と。また言う。「天の時は地の利に及ばず、地の利は人の和に及ばない」と。昔の聖人は、人のなすべきことを慎んで行うだけであった。呉起が秦と戦ったとき、宿営の地では畝をならさず、雑木の枝で覆って霜や露をしのいだ。なぜそうしたのか。自分を人より高い者としなかったからである。人に死を求めるには尊大に振る舞わず、人に力を尽くさせるには礼を求めない。だから昔は、鎧兜を着けた兵は拝礼しなかった。人に果てしなく煩わしい礼を強いないことを示したのである。人を煩わせておきながら、その命を求め、その力を尽くさせようとするなど、昔から今まで聞いたことがない。将は命を受けた日にはその家を忘れ、軍を布いて野営すればその親を忘れ、枹を取って太鼓を打てば、その身(を忘れる。本文は「忘」の字を欠くか)。呉起が戦いに臨んだとき、側近が剣を差し出した。呉起は言った。「将はもっぱら旗と太鼓を司るだけである。

解説

武議篇の中心部で、天官篇の合理主義を再び強く打ち出す。武王が殷を破ったのは吉兆のおかげではなく人事が修まっていたからで、今の将が日取りや星、亀卜に頼って勝とうとするのは難しいと断じる。本文の「合兆」は亀兆の亀が落ちたものとされる。兵は凶器、争いは逆徳、将は死官であり、やむを得ずに用いるが、用いれば天も地も主も敵もないほどの一体となる。勝兵は水に似て、柔らかくても専一に当たれば丘陵を崩す。さらに呉起が兵と同じ粗末な宿営に寝た話を引き、兵に死を求める将は尊大であってはならないと説く。家を忘れ親を忘れ身を忘れるのが将の覚悟である。占いより人事、形式より実を取る姿勢は、今の意思決定にもそのまま通じる。

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