韓非子 / 説疑第四十四
聖王明君則不然,内舉不避親,外舉不避讎。是在焉,從而舉之;非在焉,
新字:聖王明君則不然,内舉不避親,外舉不避讎。是在焉,従而舉之;非在焉,
書き下し
聖王明君は則ち然らず、内挙は親を避けず、外挙は讎を避けず。是焉に在れば、従ひて之を挙げ、非焉に在れば、
現代語訳
聖王や明君はそうではない。身内から推挙するときは親族であることを避けず、外から推挙するときは仇であることを避けない。正しさがそこにあれば、それに従って挙げ用い、誤りがそこにあれば、
解説
説疑篇で、へつらう臣を近づける乱れた君主と対比して、聖王明君の人の用い方を示す一節です。内からは身内でも避けず、外からは仇でも避けずに推挙する。基準はただ、その人に正しさがあるかどうかだけだというのです。「内挙は親を避けず、外挙は讎を避けず」は、晋の祁奚が仇の解狐と自分の子の祁午を推挙した故事として『春秋左氏伝』に見える言葉で、公平な人事の代名詞になっています。この単位は「非焉に在れば」で切れ、次の句で「従ひて之を罰す」と続きます。親しいから遠ざける、嫌いだから退けるという判断も、実は私情による偏りです。人事で好き嫌いを交えないことの難しさと大切さを伝えています。
この章句が説くこと
適材適所人事能力主義公平公平性推挙
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