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尉繚子 / 十二陵

孽在於屠戮,偏在於多私,

書き下し

孽(げつ)は屠戮に在り、偏は私多きに在り、

現代語訳

災いの種は殺戮にあり、偏りは私情が多いことにあり、

解説

十二陵篇の後半は、陥ってはならない弊を並べる。その中のこの二句は、災いの種は殺しすぎることにあり、判断の偏りは私情が多いことにあると言う。尉繚子は厳しい軍令と刑罰を説く書だが、ここでは殺戮そのものを災いの元として戒めている。刑は必要なときに必要なだけ行うもので、むやみな殺しは恨みを生み、後の災いとなる。また、将が私情に流されれば賞罰が偏り、人心は離れる。法家に近い賞罰観をもつ尉繚子が、その賞罰の公平を何より重んじていたことがわかる。組織でも、処分を乱発すれば恐怖はあっても信頼は失われ、好き嫌いで人を扱えば公正さが崩れる。厳しさと公平さは一組のものである。

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