尉繚子 / 十二陵
悔在於任疑。
書き下し
悔いは疑わしきを任ずるに在り。
現代語訳
後悔というものは、疑わしい人物に重要な役目を任せることから生じる。
解説
何かを人に任せるとき、心のどこかに引っかかる違和感があるなら、その違和感は軽んじるべきではない。疑わしさを抱えたまま重要な役目を渡してしまえば、事が起きてから悔やんでも遅い。仕事の分担でも、責任ある役割を誰かに託す場面でも、同じ構造は繰り返される。迷いがあるなら任せる前に確かめる、その一手間が後悔を防ぐ。
この章句が説くこと
人事信頼後悔
関連する章句
-
論語 為政篇人の行いを見て、その動機を観察し、心が安らぐところを見れば、その人の本性は隠せない。
-
論語 公冶長篇子、公冶長を謂いて曰く、『妻すべし。縲絏(るいせつ)の中に在りと雖も、其の罪に非ず。』と。其の子を以て之に妻す。
-
尚書・說命中惟れ治乱は庶官に在り。官は私昵に及ぼさず、惟れ其の能のみ。爵は悪徳に及ぼす罔く、惟れ其の賢のみ。
-
呂氏春秋・去私④晉の平公、祁黄羊に問いて曰く、「南陽に令無し。其れ誰か之を為む可き。」祁黄羊對えて曰く、「解狐可なり。」平公曰く、「解狐は子の讎に非ざるや。」對えて曰く、「君、可なるものを問う。臣の讎を問うに非ざるなり。」平公曰く、「善し。」遂に之を用い、國人善しと稱す。居ること間有り。平公又祁黄羊に問いて曰く、「國に尉無し。其れ誰か之を為む可き。」對えて曰く、「午可なり。」平公曰く、「午は子の子に非ずや。」對えて曰く、「君、可なるものを問う。臣の子を問うに非ざるなり。」平公曰く、「善し。」又遂に之を用い、國人善しと稱す。孔子之を聞きて曰く、「善きかな、祁黄羊の論や。外に舉ぐるに讎を避けず、内に舉ぐるに子を避けず。」祁黄羊は公なりと謂う可し。
-
尉繚子・天官天官・時日は、人事に若かざるなり。
-
孫子・始計篇将吾が計を聴きてこれを用うれば必ず勝つ。これを留む。聴かずしてこれを用うれば必ず敗る。これを去る。