師導古典を学びたいすべての人に

尉繚子 / 制談

獨出獨入者,王霸之兵也。有提十萬之衆,而天下莫當者,誰?曰:「桓公也。」有提七萬之衆,而天下莫當者,誰?曰:「吳起也。」有提三萬之衆,而天下莫當者,誰?曰:「武子也。」今天下諸國士所率無不及二十萬之衆,然不能濟功名者,不明乎禁舍開塞也。明其制,一人勝之,則十人亦以勝之也。十人勝之,則百千萬人亦以勝之也。故曰:「便吾器用,養吾武勇,發之如鳥擊,如赴千仞之谿。」今國被患者,以重幣出聘,以愛子出質,以地界出割,得天下助,卒名為十萬,其實不過數萬爾。其兵來者,無不謂其將曰:「無為人下,先戰。」其實不可得而戰也。量吾境内之民,無伍莫能正矣。經制十萬之衆,而王必能使之衣吾衣,食吾食。戰不勝,守不固者,非吾民之罪,内自致也。天下諸國助我戰,猶良驥騄駬之駃,彼駑馬鬐興角逐,何能紹吾氣哉?吾用天下之用為用,吾制天下之制為制,修吾號令,明吾刑賞,使天下非農無所得食,非戰無所得爵,使民臂爭出農、戰,而天下無敵矣。故曰:「發號出令,信行國内。」民言有可以勝敵者,毋許其空言,必試其能戰也。視人之地而有之,分人之民而畜之,必能内有其賢者也。

新字:独出独入者,王覇之兵也。有提十万之衆,而天下莫当者,誰?曰:「桓公也。」有提七万之衆,而天下莫当者,誰?曰:「呉起也。」有提三万之衆,而天下莫当者,誰?曰:「武子也。」今天下諸国士所率無不及二十万之衆,然不能済功名者,不明乎禁舎開塞也。明其制,一人勝之,則十人亦以勝之也。十人勝之,則百千万人亦以勝之也。故曰:「便吾器用,養吾武勇,発之如鳥撃,如赴千仞之谿。」今国被患者,以重幣出聘,以愛子出質,以地界出割,得天下助,卒名為十万,其実不過数万爾。其兵来者,無不謂其将曰:「無為人下,先戦。」其実不可得而戦也。量吾境内之民,無伍莫能正矣。経制十万之衆,而王必能使之衣吾衣,食吾食。戦不勝,守不固者,非吾民之罪,内自致也。天下諸国助我戦,猶良驥騄駬之駃,彼駑馬鬐興角逐,何能紹吾気哉?吾用天下之用為用,吾制天下之制為制,修吾号令,明吾刑賞,使天下非農無所得食,非戦無所得爵,使民臂争出農、戦,而天下無敵矣。故曰:「発号出令,信行国内。」民言有可以勝敵者,毋許其空言,必試其能戦也。視人之地而有之,分人之民而畜之,必能内有其賢者也。

書き下し

独り出で独り入る者は、王覇の兵なり。十万の衆を提(ひき)ゐて、天下当たる莫き者有り、誰ぞ。曰く、「桓公なり。」七万の衆を提ゐて、天下当たる莫き者有り、誰ぞ。曰く、「呉起なり。」三万の衆を提ゐて、天下当たる莫き者有り、誰ぞ。曰く、「武子なり。」今天下の諸国の士の率ゐる所、二十万の衆に及ばざるは無し、然れども功名を済(な)す能はざる者は、禁舎開塞に明らかならざればなり。其の制を明らかにし、一人之に勝てば、則ち十人も亦以て之に勝つなり。十人之に勝てば、則ち百千万人も亦以て之に勝つなり。故に曰く、「吾が器用を便にし、吾が武勇を養ひ、之を発すること鳥の撃つが如く、千仞の谿に赴くが如し」と。今国の患を被る者は、重幣を以て聘を出だし、愛子を以て質を出だし、地界を以て割を出だし、天下の助けを得るも、卒は名づけて十万と為すも、其の実は数万に過ぎざるのみ。其の兵の来たる者、其の将に謂ひて曰はざるは無し、「人の下と為る無かれ、先づ戦へ」と。其の実は得て戦ふべからざるなり。吾が境内の民を量るに、伍無ければ能く正す莫し。十万の衆を経制して、王必ず能く之をして吾が衣を衣(き)、吾が食を食はしむ。戦ひて勝たず、守りて固からざる者は、吾が民の罪に非ず、内より自ら致すなり。天下の諸国の我を助けて戦ふは、猶ほ良驥騄駬(りょくじ)の駃(はや)きに、彼の駑馬の鬐(たてがみ)興して角逐するがごとし、何ぞ能く吾が気を紹(つ)がんや。吾は天下の用を用ひて用と為し、吾は天下の制を制して制と為し、吾が号令を修め、吾が刑賞を明らかにし、天下をして農に非ざれば食を得る所無く、戦ひに非ざれば爵を得る所無からしめば、民をして臂を争ひて農・戦に出でしめて、天下に敵無からん。故に曰く、「号を発し令を出だし、信は国内に行はる」と。民の言に以て敵に勝つべき者有れば、其の空言を許す毋かれ、必ず其の能く戦ふを試みよ。人の地を視て之を有し、人の民を分かちて之を畜ふは、必ず能く内に其の賢者を有すればなり。

現代語訳

独り出て独り入ることのできる軍こそ、王者・覇者の軍である。十万の兵を率いて、天下に当たる者のなかったのは誰か。答えて言う。「斉の桓公(かんこう、春秋五覇の筆頭)である。」七万の兵を率いて、天下に当たる者のなかったのは誰か。答えて言う。「呉起(ごき、魏・楚に仕えた兵法家)である。」三万の兵を率いて、天下に当たる者のなかったのは誰か。答えて言う。「武子(孫武、『孫子』の著者)である。」いま天下の諸国の将が率いる兵は、二十万に届かないものはない。それでも功名を成し遂げられないのは、禁じること・許すこと・開くこと・塞ぐことに明らかでないからである。その制度を明らかにすれば、一人が勝てるなら十人も勝てる。十人が勝てるなら百人・千人・万人も勝てる。だから言う。「わが武器を使いやすくし、わが武勇を養い、これを放つときは猛禽が獲物を撃つように、千仞の谷に駆け下りるようにせよ」と。いま災いを受けている国は、重い贈り物を持たせて使者を出し、愛する子を人質に出し、国境の土地を割いて差し出し、天下の援助を得るが、その兵は名目は十万でも、実際は数万にすぎない。援軍に来た兵は、自分たちの将に向かって「人の下風に立つな、先に戦え」と言わない者はないが、実際には戦わせることなどできない。わが国内の民を量ってみれば、伍の組織がなければ正しく治めることはできない。十万の兵を制度で治めて、王は必ずその者たちにわが国の衣を着せ、わが国の食を食べさせることができる。戦って勝てず、守って固くないのは、わが民の罪ではなく、内から自ら招いたことである。天下の諸国が我を助けて戦うのは、名馬の騄駬(りょくじ、周の穆王の駿馬)の速さに、駄馬がたてがみを振り立てて競い合うようなもので、どうしてわが気勢に続くことができようか。われは天下の用いるものを用いてわが用とし、天下の制度を統べてわが制度とし、わが号令を整え、わが刑賞を明らかにして、天下の人々を、農耕によらなければ食を得られず、戦功によらなければ爵位を得られないようにすれば、民は腕を振るって争って農と戦に出てきて、天下に敵はなくなる。だから言う。「号令を発すれば、その信は国内に行き渡る」と。民の言葉に敵に勝てるというものがあれば、その空言を認めてはならず、必ず実際に戦えるかを試せ。他国の地を見てそれを手に入れ、他国の民を分け取って養うことができるのは、必ず国内に賢者を抱えているからである。

解説

制談篇の後半で、兵の数より制度の明らかさが勝敗を決めると説く。桓公は十万、呉起は七万、孫武は三万で天下無敵だったのに、今の諸国は二十万を擁しても功を立てられない。それは禁舎開塞、何を禁じ何を許すかが明らかでないからだ。他国の援軍に頼っても、名目は十万で実は数万、しかも口先ばかりで戦わない。自国の民を伍の組織で治め、農によらねば食えず、戦によらねば爵を得られない仕組みにせよという。これは商鞅の農戦論と重なる富国強兵の思想である。民の言う必勝策も口だけで認めず、必ず試せと付け加える。外部の助けに頼る前に、自前の仕組みを整え、言葉ではなく実績で人を評価せよという教えとして今にも通じる。

関連する章句

古典の入門書『人生の教科書』の表紙

人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。

古典の入門書『人生の教科書』(PDF)と、師導の全機能1か月がセットで700円。二十四の悩みに、論語・老子・孫子から徒然草・五輪書までが答えます。

本の中身を見る
古典の入門書『人生の教科書』(PDF)+師導1か月=700円 本を見る