韓非子 / 初見秦第一
今秦出號令而行賞罰,有功無功相事也。出其父母懷衽之中,生未嘗見寇耳。聞戰,頓足徒裼,犯白刃,蹈鑪炭,斷死於前者皆是也。夫斷死與斷生者不同,而民爲之者,是貴奮死也。
新字:今秦出号令而行賞罰,有功無功相事也。出其父母懐衽之中,生未嘗見寇耳。聞戦,頓足徒裼,犯白刃,蹈鑪炭,断死於前者皆是也。夫断死与断生者不同,而民為之者,是貴奮死也。
書き下し
今秦は号令を出だして賞罰を行ひ、功有ると功無きと相事とす。其の父母の懐衽の中より出でて、生まれて未だ嘗て寇を見ざるのみ。戦ひを聞けば、足を頓し徒裼し、白刃を犯し、鑪炭を踏み、死を前に断ずる者皆是れなり。夫れ死を断ずると生を断ずるとは同じからず、而るに民之を為す者は、是れ奮死を貴べばなり。
現代語訳
いま秦は号令を出して賞罰を実際に行い、功のある者とない者をきちんと区別して扱っている。民は父母のふところから出て、生まれてから一度も敵を見たことがないような者たちである。それでも戦いがあると聞けば、足を踏み鳴らし肌脱ぎになって、白刃に立ち向かい、炉の炭火を踏み、先頭で死を決する者がみなそうである。死を覚悟するのと生き延びようとするのとは違うのに、民がそうするのは、奮って死ぬことが尊ばれる(賞される)からである。
解説
諸侯の賞罰がいい加減なのと対照的に、秦では号令どおりに賞罰が行われ、功の有無がはっきり区別されていると説く一節です。戦場を知らない若者でさえ、戦いと聞けば進んで白刃に向かうのは、勇敢に死んだ者が確実に報われる仕組みがあるからだ、というのが韓非の見立てです。秦が商鞅の変法以来、軍功による爵位制度で兵を動かしたことが背景にあります。人の行動は性格よりも、何が報われるかという仕組みで大きく変わります。挑戦を求めるなら、挑戦した人が確実に報われる制度を先に用意することが、上に立つ者の務めです。
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