尉繚子 / 兵談
患在百里之内,不起一日之師;患在千里之内,不起一月之師;患在四海之内,不起一歲之師。將者,上不制于天,下不制于地,中不制于人。
新字:患在百里之内,不起一日之師;患在千里之内,不起一月之師;患在四海之内,不起一歳之師。将者,上不制于天,下不制于地,中不制于人。
書き下し
患(うれひ)百里の内に在れば、一日の師を起こさず。患千里の内に在れば、一月の師を起こさず。患四海の内に在れば、一歳の師を起こさず。将なる者は、上は天に制せられず、下は地に制せられず、中は人に制せられず。
現代語訳
災いが百里の内にあるなら、一日かけての出兵もしない。災いが千里の内にあるなら、一月かけての出兵もしない。災いが天下の内にあるなら、一年かけての出兵もしない。将たる者は、上は天に縛られず、下は地に縛られず、中は人に縛られない。
解説
前段の「威を以て天下を制す」を受け、国の備えが整っていれば、近くの災いにも遠くの災いにも、わざわざ長い遠征を起こす必要がないと述べる。軍を動かさずに威光で事を収めるのが上策だという考えである。後半の「将は天に制せられず、地に制せられず、人に制せられず」は、武議篇にも繰り返される尉繚子の要の言葉で、天の時や地の利、君主や周囲の思惑に左右されず、自らの判断で軍を動かす将の独立を説く。戦国時代の兵書らしく、将に全権を与えよという主張である。今の組織でも、備えが十分なら慌てて動く必要はなく、責任者には外部の雑音に流されずに決める力と権限が必要だということになる。
関連する章句
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尉繚子・兵教下人をして私語するを得ること無からしむ。諸そ罰して罰せざるを請ふ者は、死す。諸そ賞して賞せざるを請ふ者は、死す」と。国を伐つには必ず其の変に因る。之に財を示して、以て其の窮を観る。之に弊を示して、以て其の病を観る。上乖き下離る、此の若きの類は、是れ伐つの因なり。凡そ師を興すには、必ず内外の権を審らかにして、以て其の去を計る。兵に備闕有り、糧食に余・不足有り、出入する所の路を校べ、然る後に師を興して乱を伐てば、必ず能く之に入る。地大にして城小なる者は、必ず先づ其の地を収む。城大にして地窄き者は、必ず先づ其の城を攻む。地広くして人寡き者は、則ち其の阨を絶つ。地窄くして人衆き者は、則ち大堙を築きて以て之に臨む。
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尉繚子・攻權戦ひて必ず勝たざれば、以て戦ひを言ふべからず。攻めて必ず抜かざれば、以て攻むるを言ふべからず。然らざれば、刑賞信ずるに足らざるなり。信は期の前に在り、事は未兆に在り、故に衆已に聚まれば虚しく散ぜず、兵已に出づれば徒らに帰らず。
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尉繚子・兵談兵を起こすは忿りを以てすべきに非ざるなり、勝つを見れば則ち興り、勝つを見ざれば則ち止む。
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尉繚子・兵談土地の肥磽(ひかう)を量りて邑を立て、城を建つるに地に称(かな)へ、城を以て人に称へ、人を以て粟に称ふ。三つ相称へば、則ち内は以て固く守るべく、外は以て戦ひ勝つべし。外に戦ひ勝つは、備へ内に主たればなり。勝と備と相応ずること、猶ほ符節を合するがごとく、異なる故無きなり。兵を治むる者は、地に秘するが若く、天に邃(ふか)きが若く、無より生ず、故に之を開く。大なるも窕(ちょう)ならず、小なるも恢ならず。禁舎開塞に明らかなれば、民の流るる者も之に親しむ。地の任ぜられざる者は之を任ず。夫れ土広くして任ずれば則ち国富み、民衆くして制すれば則ち国治まる。富み治まる者は、民は軔を発せず、甲は出でて暴(さら)さずして、威は天下を制す。故に曰く、
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尉繚子・兵談兵は朝廷に勝つ。甲を暴わさずして勝つ者は主の勝ちなり、陳して勝つ者は將の勝ちなり。
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尉繚子・戰威此くの如くんば、師久しと雖も老いず弊れず。
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