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甲陽軍鑑 / 品第十二

此節內藤修理正·原隼人佐·跡部大炊助·此衆脇備へ後備への衆にて有りつるが、信玄公上意を承はりて味方の勢敵をうつとて散りたる人數をあつめ、川向或は川中にも備へを立て、敵の樣子かからずし追打てのくを見届け候て、今の甘數近江守を追ひ懸け、東道四十四里を射討らにいたす、敵二方へ敗軍なれば此筋はさい河追ひどめなり、件の甘數近江守川を越す時は、只十三人にうちなされ、さい河を越し、敗軍の勢を二三百揃へ、さい河のあなたのはたに一兩日逗留す、合戰有て十日斗は彼甘數を輝虎旗本なりとさたも有つるぞ、

新字:此節内藤修理正·原隼人佐·跡部大炊助·此衆脇備へ後備への衆にて有りつるが、信玄公上意を承はりて味方の勢敵をうつとて散りたる人数をあつめ、川向或は川中にも備へを立て、敵の様子かからずし追打てのくを見届け候て、今の甘数近江守を追ひ懸け、東道四十四里を射討らにいたす、敵二方へ敗軍なれば此筋はさい河追ひどめなり、件の甘数近江守川を越す時は、只十三人にうちなされ、さい河を越し、敗軍の勢を二三百揃へ、さい河のあなたのはたに一両日逗留す、合戦有て十日斗は彼甘数を輝虎旗本なりとさたも有つるぞ、

書き下し

此節内藤修理正·原隼人佐·跡部大炊助·此衆脇備へ後備への衆にて有りつるが、信玄公上意を承はりて味方の勢敵をうつとて散りたる人数をあつめ、川向或は川中にも備へを立て、敵の様子かからずし追打てのくを見届け候て、今の甘数近江守を追ひ懸け、東道四十四里を射討らにいたす、敵二方へ敗軍なれば此筋はさい河追ひどめなり、件の甘数近江守川を越す時は、只十三人にうちなされ、さい河を越し、敗軍の勢を二三百揃へ、さい河のあなたのはたに一両日逗留す、合戦有て十日斗は彼甘数を輝虎旗本なりとさたも有つるぞ、

現代語訳

この時、内藤修理正・原隼人佐・跡部大炊助、この衆は脇備え・後備えの衆であったが、信玄公の上意を承って、味方の勢が敵を討つといって散った人数を集め、川向こうあるいは川中にも備えを立て、敵の様子を見て(「かからずし」の句は判読しがたい)追い討ちして退くのを見届けて、今の甘数近江守を追いかけ、(「東道四十四里を射討らにいたす」の句は底本ここ判読しがたい)。敵は二方へ敗軍したので、この筋は犀川で追い止めである。その甘数近江守は川を越す時にはただ十三人に討ち減らされ、犀川を越し、敗軍の勢を二、三百そろえて、犀川の向こうの岸に一両日逗留した。合戦があって十日ばかりは、その甘数を輝虎の旗本であると取り沙汰もあった。

解説

信玄が川を越えて退いた間に、脇備え・後備えの内藤・原・跡部が上意を受けて散った兵を集め、川の向こうと中に備えを立てた。そのうえで荒手が退くのを見届けてから追い、相手は十三人にまで討ち減らされた。退くことと追うことを役割で分け、焦らずに見届けてから動いた点が要である。十日ほどは敵を輝虎本隊と誤認していたとも正直に書く。情報が不確かなままでも、組織の手順で損害を防いだのである。

この章句が説くこと

備え判断家臣追撃川中島手順

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